せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
「そうだ! それまでは、あなたの家に住んでることは学校で喋らないように言い含めておくわ」
ジェシカは『あっ』と小さく言う。
「セシルにあなたのことをいつ話せばいいかしら……」
「僕のことって?」
「セシルの中では、あなたは私と同郷の、学校の非常勤講師の先生でしかないわ。あなたが本当のお父さんだなんて知りもしない……」
「でも、今それを教えるのは時期尚早だと思うな。婚姻届を提出するタイミングまで待ってほしい。それまでに、僕のことを本当の父親だと明かしても受け入れてもらえるように、関係構築に努めるよ」
ジェシカは笑顔で頷く。
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。物事を正すだけだ」
「それでもありがとう」
ほんの少し躊躇したあと、ハンスはジェシカに口付ける。
ジェシカはそれを受け入れてくれた。
「相談なんだけど……ヨルデンで、君とセシルくんのことを正直に話そうと思うんだ。どう思う?」
「大丈夫なの?」
「隠し事はよくないと思い知ったんだ。正直に話して、謗りもしっかり受けたい。それに隠したとしても、いずれはロザリアの耳に入ってしまうと思うんだ。後で第三者から知らされるほうが、失礼だし、余計に彼女を傷つけそうだ」
「そうかもしれない……」
「君と僕の家族にもきちんと話さないとね。そのときは一緒に行こう」
「私の家族にも?」
「当たり前だよ。君のご両親に頭を下げる覚悟はできてる」
ジェシカの目が潤む。
「会いたい!」
しかし、すぐさま表情を曇らせる。
「……セシルのこと、受け入れてもらえるかしら?」
「たとえダメだったとしても、家族3人でノーステリアで暮らしていけばいいだけのことだよ」
「そうね。本当にそうだわ」
目を細めて微笑むと、目の端に涙が溜まった。
ハンスはそれを見て、人差し指の背でそっと拭った──
ハンスはその晩ジェシカを抱いた。
世界から切り離されて、互いにだけ夢中になった1度目とは違う。
十分に話をし、隠し事も誤解もすれ違いもなくなっていた。
お互いの気持ちを確かめ合い、これまでの空白期間を埋めるための行為。
睦事が終わったとき、ふたりは同じ未来を見ていた。