せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 セシルはというと、ハンスとは朝しか会えない日も多く、ジェシカとふたりで暮らしていたときと同じように、相変わらず学校が終わるとジェシカの帰りを待ちながら、ひとり留守番をしている。
 にも拘わらず、この1週間は家の中で、とても楽しそうに過ごしていた。

 新しい住まいとはいえ、毎週末訪れていただけに、慣れるのはあっという間だった。
 お気に入りの部屋は書斎。
 今や、家の中ならどこでも出入りは自由だというのに、暇さえあれば書斎に入り浸っている。

 以前の下宿と違って周辺の治安がいいことも、いい影響を与えてくれているのかもしれない。
 昼間から酔っ払いが近所をうろつき、下宿内ではほかの部屋から怒鳴り声がしょっちゅう響くような環境からは一変した。
 公園があり、自然も多く、日常の中で小鳥のさえずりが聞こえる。
 道は綺麗で、ゴミも落ちていない。

 セシルの精神は安定している。
 そして、それはジェシカにも当てはまることだった。

 何か困ったことがあれば、ハンスに相談できるという状況はとても心強く、心に平安をもたらしてくれる。
 実際に相談しなければならない事態はまだ起こっていなかったが、それでも相談しようと思えば相談できるという事実が重要なのだ。

 といっても、それは今日の午前中までの話ではあるが。

 午後になって、工場長から責任重大な仕事を頼まれてしまった。
 全く自信がない。
 思い出しただけで、不安に押しつぶされそうだ。

(どうすれば……)
 
 と、ジェシカははっとした。

(それこそ、ハンスに相談すればいいじゃないの!)

 ジェシカはキッチンに入り、ハンスの隣に立った。
 ハンスは鍋の蓋を開ける前に、鍋にかけていた圧力の魔法を解こうとしていた。

「これだわ!」
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