せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 安堵が胸に広がる。

 とそこで、リアナがはっとしたように言った。

「でも、そうなると圧力鍋の開発はどうなるの?」
「そんな急に辞めるつもりはないわ。もちろん形になるまでは続ける。中途半端にはしないから安心して」

 それに、仕事を辞めるより、ハンスと結婚するほうが先だ。
 すでに同居を始めているとはいえ、そうなると、セシルにも少なからず影響を及ぼすだろう。

(セシルのことを一番に気にかけてあげないとね。ハンスが父親だってことも、そのうち説明しなくちゃならないし。自分の夢を追いかけるのは、それらが全部落ち着いてからだわ)

「ああ、焦った! もしかして私たちの出番かと思っちゃった」
「何それ。だけど、それもいいかも。私たちでも、新商品のアイデアを出せたらいいわけでしょう?」
「そう、そう。私たちでヒット・メーカー目指すってこと」
「ブランド・ライン“マーサ&リアナ”を作ったり?」
「“リアナ&マーサ”よ」
「それはあとで決めるとして、そのためにも先ずはジェシカが圧力鍋を開発する過程をよく見ておかないとね!」
「確かに。ジェシカ、勉強させてもらうからよろしく!」
「で、工場長の機嫌がいいときを選んで話をしに行くの」
「ああ、それはめちゃくちゃ大事!」

 マーサとリアナは『ふふふっ』と笑い合う。

 ジェシカが工場を去れば、ふたりは淋しく思ってくれるだろう。
 けれど、相変わらず逞しく笑って、ときには工場長の愚痴を言い合い、生き抜いていくのだろう。

 ジェシカはこれまでこのふたりに助けられたお陰でやってこられた。
 精神的にもずいぶん支えてもらった。

(なのに、私が彼女たちの心配をするだなんて烏滸がましかったわ)

 勝手にあれこれ思案してしまっていた。
 案ずる必要などなかったにも拘らず。
 眼前が突然開けたような気がした。
 もう何の迷いもない。

(私は、自分のやりたいようにやればいいだけなんだわ)

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