せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

──ガチャ、ガラララッ!

 清浄水のボトルを掴んだまま、音のしたドアの方を振り向いた。
 ドアは大きく開いていた。

(魔法が使われたんだわ)

 “何のために?”、“誰が?”という疑問よりも先に、ハンスの顔が思い浮かんだ。
 と同時に、車輌に飛び込んでいた。

「ジェシカ、セシル‼︎」

 魔法学校時代からはおおよそ考えられない行動だ。
 校長先生の孫で、誰もが認める優等生で。

 けれど、驚きはない。
 ジェシカのためなら、こういうこともしでかしてしまう人だと、もう知っている。

「ハンス!」

 ジェシカは立ち上がり、ありったけの声を出した。

「間に合ってよかった」

 駆け寄ってきたハンスに、強く抱き締められた。
 ジェシカも抱き締め返す。

 唐突に追い出されることがなければ、あの家でハンスの帰りを待っていたかった。
 ハンスとは二度と会えないものと覚悟し、絶望していた。
 その思いが、一気に溢れ出す。

「ハンス! ああ、ハンス‼︎」
「とにかくホームに出よう」

 ハンスはジェシカたちの荷物を魔法で運び出す。
 そうして、ジェシカとハンスの手をしっかりと握って車輌の外へとふたりを誘導する。
 ジェシカの視界は涙でほとんど見えていなかったが、ハンスのお陰で無事にホームに下りることができた。

 ハンスが魔法で再びドアを閉めると、じきに汽笛が鳴り、列車は駅を出ていった。
 ジェシカとセシルをノーステリア中央駅のホームに残したままで。
< 157 / 161 >

この作品をシェア

pagetop