せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
ジェシカは出入口のドアを通り抜けると、すぐさま直角に曲がりしゃがみこむ。
そのまま壁沿いにそろりそろりと移動し、窓の真下まで来たところで停止した。
(正真正銘、ハンスだった。私、ハンスに会ってしまったんだわ)
こんな偶然があっていいものだろうか。
神様のイタズラだとしたら、タチが悪いにも程がある。
(ひどいわ、こんな不意打ち)
声には出さずに、ゆっくりと100まで数える。
数が上がるにつれ、少しずつ心拍数は下がる。
けれど、気持ちは全く落ち着かない。
それでも、ジェシカにはやらなければならないことがある。
恐怖心をどうにか堪える。
音を立てずにそろりそろりと腰をあげ、窓から中をこっそり窺いた。
読み聞かせ会がおこなわれている小部屋では、子どもたちがお行儀よく座っているのが見える。
読み聞かせ会はまだ終わっていないようだ。
ほっとため息を吐く。
セシルの姿は見えないが、セシルもまた目をキラキラさせながら聞き入っていることだろう。
ジェシカは続いて、先ほどまで自分のいた場所に視線を移した。
ハンスはその場からいなくなっていた。
事前打ち合わせとやらに行ってくれたのだろうか。
多忙なようで何よりだ。
念には念を。
ジェシカはもう1度、100まで数えてから図書館の中へと戻った。
書架から書架へと身を隠し、息をひそめながら、児童コーナーへ向かう。
傍から見れば、相当な不審者のはず。
しかし、誰にどう見られていようと、気にしてなどいられない。
ハンスにさえ再び見つからなければ、それでいい。