せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
「さあ、急いで夕ごはんの用意をするわ。いい子で待っててね」
「はーい!」
ジェシカとセシルのふたりは、古くて建て付けも悪い集合住宅の小さなひと部屋で暮らしている。
部屋にはわずかな家具を置けるだけの広さしかない。
そこで、本来であればひとり用のはずのダイニング・テーブルに無理矢理椅子を2脚置き、夜になればシングルベッドに身を寄せ合って眠っている。
そんな窮屈な家でも、ジェシカにとっては、セシルのためにどうにか用意し、維持してきた住まいだ。
ジェシカはスープの入った鍋を魔法で温め直す。
この程度の魔法であれば、ジェシカにとってはお手のもの。
帰りがけに購入した硬いパンと、残りもののスープ。
これが本日の夕食メニューの全てだ。
スープが温かいことだけが、せめてもの救いだ。
こういうとき、魔法が使えてよかったと思う。
魔法が使えなければ、燃料代をケチって冷えたスープをださなければならないところだ。
「できたわよ。どうぞ召し上がれ」
「いただきまーす」
「よーく噛んでね」
いつもと変わり映えのしない食事にも、セシルは不平のひとつも漏らさない。
それもそのはず。
セシルは、お祝いだからといって、特別なご馳走を食べた経験がないのだから。
誕生日でも新年でも、『おめでとう』という言葉で祝うのみ。
セシルは、笑顔で今日幼児保育所であった出来事を母親に話して聞かせながら、せっせとちぎったパンを口に運ぶ。
会話にも食事にも一生懸命だ。
(本当はお祝いに何かおいしいものを食べさせてあげられたらいいのだけど……)