せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 しかし、そうかといって、ジェシカのことを二の次にするつもりはさらさらない。

(ジェシカの好物は何だった? そうだ、学校の食堂では煮込み料理をよく食べていたな)

 野菜やスパイスを次々に購入する。

(大人になった今、アルコールは飲むだろうか?)

 正直なところ、イメージは湧かない。
 それに、余裕のない生活だ。
 もしかしたら、飲んだ経験がないかもしれない。
 が、食前酒くらいならいいだろう。
 最初に緊張を解かせて、その後の会話をスムーズにしたい。

 食後には、お茶と焼き菓子を。
 魔法学校時代、放課後に友人たちとクッキーやマドレーヌを食べていたのを何度も見かけたことがある。
 『おいしい』とうれしそうにしていたのをよく覚えている。

 だいたい今のジェシカは痩せすぎだと思う。
 バターと砂糖がたっぷりと入った焼き菓子を食べさせてやりたい。

(ずっとひとりで苦労してきたんだ。甘やかすくらいがちょうどいい。今までの分も僕が甘やかそう)

 どう考えても食後のデザートではないような量の詰め合わせを買う。

 ハンスは浮かれていた。
 食材を揃えるための買い物が、これほど楽しかったことがあっただろうか。

 頭の中は実に戦略的で打算的ながら、ジェシカへの想いは純粋そのものなのだ。
 まるで10代の少年のように、好きな人の笑顔を思い浮かべ、心を躍らせた。

< 53 / 161 >

この作品をシェア

pagetop