せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 探偵からの調査書を受け取ったあと、一度だけジェシカの暮らす下宿を見に行ったことがある。
 若い女性と子どもだけで暮らすには何とも心配になるボロさだった。
 すぐにでもここに転居させたくなったほどだ。
 あの下宿に住んでいて、立派な衣服をもっているとしたら、そっちほうが違和感がある。

(しかし、それでいくと、ジェシカとセシルの服装はTPOをわきまえていない、ということになってしまうのか。だから気にして……)

 着古された感はあるが、清潔にしているようだし、気にする必要はないのに。

 でも、と考える。

(いずれ、この家の住人にぴったりの服を何着だって買ってあげよう)

「服装のことは何も気にしなくていいんだけど、それならレストランでなくて、僕の家に招待しておいてよかったかな?」
「それは、本当にそうだわ」
「食事も僕の作った家庭料理だから、かしこまる必要はないしね」
「ハンスが? あなた、料理をするの?」
「カレッジ時代に覚えたんだ。寮でよく自炊してたよ」
「寮で。そうなのね」

(どうにか持ち直せたな)

 その流れのまま、ダイニングルームへとふたりを案内する。

「わあ、ごちそうだ!」

 セシルはテーブルの上を見て、目を輝かせた。
 
「どうぞ座って」

 ハンスはセシルのために椅子を引いてやる。
 セシルの次はジェシカにも。
 そうしてから、最後に自らはジェシカに対して90度の位置に座る。
 このあとの重要な会話を円滑に進めるためだ。

 果実水と食前酒のボトルを見せながら訊く。

「僕がサーブしても構わない? セシルくんは苦手なものはある?」
「好き嫌いはありません」

 そう言いつつも、視線は若鶏の香草焼きに釘付けだ。
 そこで、まずは若鶏を切り分けることにした。
 それからパンとサラダを取り分け、ベーコンと根菜のシチューをよそう。
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