せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです
食事の続きをするような雰囲気ではなかった。
仕切り直すために、お茶を淹れることにする。
長い沈黙──
お湯がシュンシュンと沸くまでに、ハンスはずいぶんと待たされた気がした。
ポットの蓋を開けるのに、ガチャッと音を立ててしまった。
茶葉を入れればザザッというし、お湯を注げばコポコポコポと鳴る。
さっきからやたらと音がよく響く。
「どうぞ」
ついでに買ってきた焼き菓子も出す。
こんな空気で出す予定ではなかった。
想像とは哀しいほどに違う。
「……ありがとう」
ようやくジェシカが口をきいてくれた。
ジェシカは焼き菓子の種類をひと通り調べ、それからマドレーヌを取り出した。
「それ、学生時代も好きだったね」
「そう、昔から好きなの。それにしても、よく知ってたわね」
「君が思っている以上に、僕は君のことを見てたと思うよ」
ジェシカは小さく齧ると、呟くように『とてもおいしいわ』と言った。
「なら、よかった」
ハンスも、あえて同じマドレーヌを選ぶ。
「本当においしいね。ここに引っ越してきて日が浅いからまだよく分からなくて、たまたま通りで見かけた店で買っただけなんだ。でも、正解だったな」
「ふふっ、すごい才能だわ」
ジェシカが微かに笑ってくれた。
期待していた団らんとはかけ離れているけれど、それでも焼き菓子はジェシカの心にいい効果をもたらしたようだ。
「……すごい才能といえば」
「何?」
「ううん、何でもないわ」
「いや、気になるよ。続きを話して?」
今はどんな話題だっていい。
会話を続けることさえできれば。
「あれもすごかったな、と思って。今日講堂で私に気づいてたわよね? あんな大勢の中でどうして?」
「たまたまだよ」
「ありえないんだけど? だって、セシルが入学することだって知らなかったわけでしょう?」