せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

「ジェシカ、セシルくんのことは改めてもう一度話そう」
「その話はもう……」
「いいや、僕はまだ納得してないよ。現実的な話すると、養育費のことだってある。君だけに負担を負わせるつもりはないから」

 ジェシカの顔が歪む。
 今どういう感情を抱いているのか。
 想像はできるが、正確に推し量ることまではできない。

「日持ちするはずだから、焼き菓子は持って帰ってほしい。セシルくんと食べて」

 マドレーヌがふたつほど欠けただけで、まだたくさん残っている。
 蓋をし直して、力の入っていないジェシカの手に少々強引に押しつける。
 予想に反して、押し返したりはしてこなかった。

(彼女のために買った菓子だ。受け取ってもらえてよかった)

 と思った瞬間、惰性的に焼き菓子を抱えたまま、ジェシカが弱々しい声で訊ねてきた。

「ロザリアさんは、それを許してくれるの?」
「彼女のことは気にしなくていい」
「そういうわけにはいかないわ」

(本当に気にしなくていいのに)

 だが、ジェシカにとっては気にしないわけにはいかない問題であり、自分が無茶を言っているという自覚はある。
 そして、今ジェシカを納得させられる状況にないのも事実だ。

 とはいえ、長い間、水面下で計画し準備を進めてきた。
 そうして、ついに実行に移せる時期が来た。
 自身の異動と転居も重なって、後回しになってしまっていたが、すぐにでも動かなければ、と強く思う。

「今日はもう遅いことだし、仕切り直して必ずまた話そう」
「それもそうだけど……」
「さあ、セシルくんを呼びに行こう」
「……ええ」

 何ひとつ納得していない様子だったが、帰らなければならないことを利用して、返事を有耶無耶にさせることができた。
 了承は得られなかったが、断らせもしなかったのだから十分だ。
 これでいい。

< 68 / 161 >

この作品をシェア

pagetop