せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 どちらも譲れそうにない。
 このままでは帰る時間が遅くなってしまいそうだ。
 ハンスは助け舟を出すことにした。

「今日は1冊だけにしておこう。その代わり、次は早い時間からおいで。そうしたら、たくさん読めるよ」
「はあい」
「ジェシカも借りていかない?」

 ジェシカの目が本棚を彷徨った。
 が、思い止めたようだ。

「私はいいわ。それよりも片付けないと」
「片付けはいいよ」
「そういうわけにはいかないわ。セシルにはいつもそうさせてるもの」

 しかし、窓の外は刻一刻と暗くなってきている。
 ふたりの安全のために早く帰したい。

「次からは、読む終わった本はその都度片付けるというルールにするのはどうだい? それと、片付けまで考えて、最初から一度に書棚から取り出しすぎないことにする」
「いいけど、なら、これはどうするの?」

 ジェシカはテーブルの上の本に顔を向ける。

「僕が片付けるよ」
「そんな、悪いわ」
「僕に家まで送らせてくれるなら、片付けてもらってもいいけど?」
「それは……」
「だろう? 僕がやればすぐだから。まあ、見てて」
「えっ、何を?」

 答えなかった。
 それはほんの一瞬のことだった。
 表情を変え、集中する。

「ハンス?」

 この状態になると、ジェシカの声さえも耳に入らなくなる。

 ハンスが手をかざすと、本たちは重力から解き放たれたかのようにゆっくりと浮上した。
 それから四方八方に散らばり、すうっと本棚へと吸い込まれてしまった。

「何、今の⁉︎」
「すごい、すごい!」
「僕ら国家研究員は、警察機関に協力することもあってね。この魔法の開発もそのひとつで、遺留物を元あった場所に戻せるんだ。せいぜい数時間前までが限度だけどね」

 セシルは口を開けて、神様を崇めるかの如くハンスを見上げる。
 
(神様じゃなくて、父親になりたいんだけどな……)

 しかし、好印象であることは間違いない。
 食事と書斎と魔法と。
 がっちりと心を掴んだという手ごたえを感じる。

(あとは肝心なジェシカのほうだ)

 セシルがハンスとジェシカの息子だということを暗黙の共通認識までにはできたが、はっきりと言葉にさせるまでには至らなかった。

(でも、それもいずれは……)

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