せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

14. ジェシカ先生

「清浄水の製造は今後も第七班のままで構いません。ですが、倉庫までの運搬と梱包作業は、専門の部署に担当を変更してください」

 怖くて足に力が入っていない。
 それでも声だけは精一杯張った。

「それによってできる時間で、私が第七班のメンバーに糸の魔法を伝授し、習得でき次第、製造を開始します」

 工場長は、両腕を上げたり、下ろしたり、捻ったりしている。
 しかし、目線は何もない目の前の空間にある。

 ジェシカの目には見えないが、おそらく左右の手首を繋ぐ糸を念入りに調べているのだろう。
 プレゼンの途中で、ジェシカが工場長の両手首に対の紐を結び付けたのだ。

「……うーん」

 肯定の『うん』なのか、それとも唸ったのか。
 不安が腹の底から這い登ってくる。

(やっぱり私なんかじゃダメだったのよ!)

 何の信頼もないお情けで雇ってもらっている第七班の従業員。
 おまけに給与の前借りまでしている。

「これは……」

 ジェシカはシャキッと背筋を伸ばす。

「…………」

 しかし、またしても黙り込んでしまった。

(もうこれ以上はムリ。緊張で気持ち悪くなってきたわ。ダメなら『ダメ』と早く言って!)

「あの、工場長、」
「ああ、すまん。販売ターゲットを考えていたんだ。富裕層が欲しがりそうだから、少々高額に設定してもいいが、こういう商品を実際に必要としているのは、中間層だと思う。護衛や付き人がいないからな」
「ということは?」
「初期投資は小さいんだ。失敗したとしてもたかが知れてる。もちろんやるべきだ」
「工場長!」
「ただし、失敗したときには全て元の体制に戻すからな」
「はい、ありがとうございます!」
「逆に売上次第では、第七班の給与面を見直してもいい。だから真剣に取り組んでほしい」

 期待以上の約束をもらえたことに感激する。

(工場長は本当に悪い人ではなかったんだわ!)

 こうして、ジェシカによる新プロジェクトが始まった──

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