せっかく凡庸な彼女が自ら身を引いてくれたのに、天才魔術士はそれを許すつもりがないようです

 ハンスは学生時代、イジメの加害者にも被害者にもなったことはない。
 イジメがなかったわけではない。
 暴力はなかったが、言葉や強要といったイジメは周辺でもたまにおこった。
 そんなとき、ハンスの役割はもっぱら調停役だった。
 下手な教師に告げ口するより、とハンスを頼ってくるクラスメイトが多かったのだ。

──弱者の言い分にも平等に耳を傾けてる。
──後を引かないように解決してくれる。

 校長の孫というバイアスも多分にかかっていたとは思うが、そう評価をもらっていた。

 今回も被害者がセシルとはいえ、感情的にならず、淡々と事実を明らかにすればいい。

「失礼します」

 ハンスは大股で歩いて教室の中へと入る。
 小さな生徒たちは、一斉に驚いて、ハンスのほうを見上げた。
 セシルも顔を上げたので、目が合う。

(もう安心していいからね)

 言葉にせず、微笑みでそう伝える。
 しかし、セシルはまたすぐ下を向いてしまった。

「スティルロッド先生、あの……何か?」

 ロペス先生は戸惑いの表情を浮かべている。
 ハンスは1年生の授業は受け持っていないし、ロペス先生とも挨拶以上の会話をしたことがないのだから、当然の反応である。

「たまたま通りがかりまして。状況を確認させていただきますが、彼の教科書にインク染みができているのにその理由が分からない、ということでしょうか?」
「ええ、そうですが……」
「こういうのは得意分野なんです。このインクがどこからやってきたのかを調べてみましょう。インクを元あった場所に戻します」
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