かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
宿の洗濯場で、マルーシャは黙々と染み抜きをしていた。夜遅いので他には誰もいない。一人になって深呼吸するとなんとか落ち着いてきた。
こんな風に恋に浮かれているのに、やっていることは洗濯。自分の地味さかげんが悲しい。
でもそれがマルーシャだし、そんなマルーシャを好ましいとダニールは感じているのだった。マルーシャには伝わっていないけど。
「これ落ちるかな……」
とんとんとん、と生地を叩く。根が貧乏性なので良い服が駄目になるなんて許せない。
ミュシカはさすがに侯爵の孫娘、しっかりした品を着せられていた。ジートキフ家は古物商だと聞いたが、値の張る品々を扱っているのだしそれなりに裕福なのだろう。自由すぎる時計職人の家とは違う。
寝間着に着替えさせたミュシカはラリサに任せてきた。この数日ミュシカが不安定なので、早く戻ってあげたい。とくに夜は、夢をみて泣いたりもするのだった。
それは本当の両親の行方に迫ろうとしているから。やはりこれまで寂しさ悲しさを必死で心に押しこめていたのだろう。
叩き洗いした生地を絞り、ほのかな灯りで確認した。洗濯など昼間にするものだから見づらい。
「ま、いいかな」
部屋に戻って干そう。そう思った時、マルーシャをふわりと何かが包んだ。
「シュクテ イ コリド」
小さく聞こえたおまじないに、何も考えずに反応していた。
「ショズデーレ、カテナ ヨルダテーバ!」
マルーシャに迫ったおまじないがシュウゥ、と消えていく。わずかに襲った眠気を頭を振って払った。
仕かけられたのは、言葉ではなくマルーシャを眠らせようとするおまじないだった。人に掛けるのは禁じられているはず。マルーシャの中に戸惑いと怒りが生まれた。