かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
メレルスが荘園の差配を任せている家令ヨアニムは、命じられればなんでもする。それが誘拐、監禁でも。だからダニール・ジートキフの家族を狙うのにも連れてきた。
宿を探らせたら、妻が一人で洗濯しているという。ならば娘がいなくても、その女――マルーシャだけでよかろうと即、行動したのだった。
マルーシャのおまじないには驚いたが、それ以上の抵抗はされなかったので馬車に乗せる。そしてヨアニムが馭者をつとめ、荘園へと夜道を走らせていた。
月明りと馬車に掲げる松明だけが頼りなのでゆっくりだ。メレルスは車内でマルーシャと向かい合った。
マルーシャはほとんど何もしゃべろうとしなかった。うっかり余計なことを言いそうで怖い。情報を与えてしまうのも、メレルスを怒らせるのもまずいとわかっていた。おとなしく時間を稼ぎ、助けを待つつもりだ。
「ふむ。ジートキフ夫人も無口なのか。冬告げの姫と同じだ――冬告げのご夫婦は、あなたのことを知らないと言い張るのですよ。兄嫁に対して失礼じゃありませんかね」
ならば二人とも無事なのか。よかった。ミュシカを泣かさずに済みそうだ。黙っているとメレルスは探るような視線をよこす。
「……あなたにはよほどの秘密があるのか」
マルーシャは目を窓の外の暗闇に向け、動揺を押し隠した。
どんな秘密が自分にあるというんだ。モテないことか。ケチなことか。ろくなことを思いつかないが、そういえばファロン侯爵の隠された孫娘ではある……のか?
「ダニール・ジートキフのご夫人となれば、おまじないの名手であってもおかしくはないが――」
メレルスのねっとりした視線が気持ち悪い。しかしそれ以上に「ジートキフ夫人」呼びに気を取られてマルーシャの心は千々に乱れた。先ほどダニールと交わした言葉を思い出したのだ。「素敵な女性です」。そう思ってくれているのは本当なの――?
「――」
思わず深くため息をもらしてしまい、マルーシャは顔をおおってうつむいた。誘拐された女としての緊張感がなさすぎて自己嫌悪におちいる。
「おやおや――ふふふ、どのような事情を抱えているのか、俄然興味が湧きますね。それを知るまでは我が館にご滞在願いましょう」
取り乱し気味のマルーシャをどうとらえたのやら、余裕をみせるメレルス。マルーシャはやや安堵した。
ない秘密は明かせない。明かせない秘密を探られる間に、ダニールは来てくれるはずだった。
ダニールとつながる紅い石にふれたい、と思った。でも目立つ動きで石にこめられた術に気づかれてはいけない。
マルーシャは目を伏せたまま、夜道を馬車に揺られていった。