かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
ダニールは工房前の路上で上着の小麦粉をバタバタとはたいた。その情けなさそうな顔を見て、マルーシャは笑いをかみ殺す。たぶんダニールは父と同じような、作業や研究以外にはとても不器用な人なのだろう。
工房の戸を開けると、そのクリフトがギクリと振り返った。「しまった」という顔をしている。
ハッとなったマルーシャはすばやく工房を見渡した。すると完成した柱時計が壁際に飾られたままになっていた。
「お父さん、これ納品じゃなかったの? どうしてここに?」
「……引き取ってもらえなかった」
「はあ!?」
マルーシャの強い口調にクリフトが縮こまる。ということは原因は客ではなくクリフトなのだろう。いつものことだ。
ふんすと立って腕組みのマルーシャの前で、クリフトはおろおろ言い訳した。
「だってね、依頼主の奥さまは猫が好きなんだってさ。だから鳩時計ならぬ猫時計なんてどうかと」
「……ねこどけい?」
工房の入り口で事の成り行きを見守っているイグナートがつぶやいた。ミュシカも目をぱちくりする。
小ぶりな壁掛けの〈鳩時計〉なら知っている。毎正時に鳥が飛び出す仕掛け時計だ。でも……猫?
今回注文されたのは柱時計。時を告げるのに鐘ではなくオルゴール式で曲を鳴らしたいというものだった。だから面倒な注文でも引き受けるクリフトに話が来たのだが。
「柱時計だから仕掛けを入れる余地はたくさんあるじゃないか。オルゴールだけじゃなく、木彫りの猫も仕込んでみたんだよ」
「……飛び出すってこと?」
「もちろん」
クリフトは得意げにうなずく。
「毎半時に出てきて、ひと鳴きだけするんだ。これを猫の声に似せるのに苦労してさ、鐘やオルゴールじゃなくて、弦をこする方法で調整を」
「それ、いらないわよね!?」
マルーシャは叫んだ。
どうしてそんな工夫をするのか。猫が鳴く時計など、下手すれば怪談だ。納品を拒否する依頼主の気持ちがわかる。
目を輝かせていたクリフトの声が小さくなった。
「……いらないか?」
「注文されてないことはやっちゃだめって、何度言えばわかるの!」
子どもに言いきかせる口調になるが、相手は父親だ。悲しい。
マルーシャは落ち着こうと深呼吸して、ハタと気づいた。
「あ、じゃあ、お金は?」
「……払ってもらえなかった」
「どうするのよ……」
これはまずい。借金をしているクジモには、今日ならお金があると伝達済みだ。
「どうするもこうするもさあ……あ、ほら、そちらがダニールくんのお連れさんかな? まあまあ、とにかく中に」
ごまかし笑いで手招きし台所へ行ってしまうクリフトに、マルーシャは特大のため息をつく。イグナートとラリサは顔を見合わせた。
このやり取りだけで、マルーシャのこれまでの生活がわかったような気がした。