かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
アヴェリン時計工房の台所は狭い。なんとか座れる椅子は四脚だけだが、今日は大人が五人と五歳児が一人。
なのでイグナートはダニールとラリサの後ろに立った。そしてミュシカはマルーシャの膝の上でくつろいでいる。出してもらったホットミルクをふーふーしてご満悦だ。
「なついてるな……」
やや引き気味にイグナートはつぶやいた。昨日の今日でこれか。だがラリサの方は好意的だ。
「子どもは好き嫌いをすぐに見分けるから」
ラリサも三児の母なのでわかる。子どもに好かれる人間に悪人はいないのだ。
ミュシカはひと目でマルーシャを大好きになった。そしてマルーシャもそんなミュシカを受け入れている。マルーシャの心は誰に対してもやわらかく開かれているのだろう。何者にも垣根を作らないのがマルーシャの性分だし、町のみんなから愛される理由だった。
「ええとダニールくん、ご足労ありがとう」
まず娘に叱られるところから始まった今日の会合に、さすがのクリフトもばつが悪そうだ。
実はポンコツ疑惑のあるダニールだが、さすがに決まりきった事務的なことなら話を進められる。クリフトの失態には触れずに用件を切り出した。
「昨日の申し入れ、ご検討いただけましたか」
「あー、まあね。マルーシャは行ってみたいって言うんだけどさあ」
「何か問題が?」
「いや、なんというか……」
「私が〈春告げ〉だったらどうしよう、てビクビクしてるだけです」
マルーシャは冷たく言い放った。まだ怒っているのだ。
「ひどいよマルーシャ!」
「でも私がファロニアに住むことになったらとか考えてるんじゃないの? この家に独りになったら、お父さん生きていけなそうだもの」
「そんなこと! ……大丈夫、だよ、たぶん」
クリフトの声がどんどん小さくなった。なんとも頼りない。
そんな父だが、マルーシャだって嫌っているわけではなかった。むしろ大好き。ちゃんと親孝行したいな、と思っていたりする。
「あのねえ、私、帰ってくるのよ。ただの旅行! 心配ならお父さんも行けばいいじゃない」
「いや、それはなぁ……」
アレーシャを略奪した立場なので、義父が怖い。
とは言いにくくてクリフトは口ごもった。その時。
「おーい、クリフト! いるか?」
表の戸をドンドンとして呼びかけられた。
借金した相手、クジモの声だった。