かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
「空が暗いですね……」

 困った時は天候の話題。マルーシャは空を見上げてつぶやいた。
 タタ村にいる頃から曇っていたが、ますます雲が厚くなっている。もう夕暮れ近いが夜は雨になりそうだ。

「たしかに。宿に着く前に降られるかもしれません」
「ここ、濡れませんか?」

 馭者台にも屋根はあるが、足はどうしても雨にあたるだろう。

「雨よけのおまじないを付与した膝掛けがありますよ」
「へえ。面白いですね」
「水をはじいて布が濡れないようにしています」

 普通の膝掛けやマントがだんだん湿ってきてしまうのと違い、薄地でも快適らしい。

文言(もんごん)は、オシュ アン ボルシス」
「……あれ、痛いの飛んでけと似てる」

 マルーシャは母に習ったおまじないを思い出した。
 あれはオシュ アン イディ イディ。

「水よ去れ、なんです。痛みを去らせるのと共通部分はあります」
「あ……」

 飛んでいけじゃなくて、去れだったのか。母は子ども向けに調子をととのえて翻訳してくれたらしい。

「子どもに使うことが多いので、普通はそういう言い回しで教えますね」
「私も子どものうちに習いました……でもそれで本当に痛みが消えちゃうなんて思わなくて。おまじないってすごかったんですね」
「そんなに効いたんですか?」

 ダニールが険しい顔をした。

「はい……おかしいことなんですか?」
「普通は少し楽になる程度です。痛みがないと治療もしなくなるし、むしろ良くない」
「あ、ラリサが手当てするように注意してたのってそういうこと……」
「練習すれば力加減もできるようになりますから。頑張りましょう」

 とても楽しげなダニール。曖昧にうなずきながらマルーシャは口の中でつぶやいた。
 オシュ アン ボルシス。水よ去れ。
 ひとつ、覚えた。機会があったらやってみよう。


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