かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~

雨に濡れて

 濡れたまま宿に入り、部屋を取った。
 体を拭いて着替えなくてはならないが、目を伏せたままのダニールが一緒に女性用の部屋に入ってくる。

「え……あの」
「ここに立ってて下さい」

 言われるまま立ちどまると、肩に羽織ったままだった上着をそっと脱がされた。マルーシャはわけがわからない。ラリサとミュシカがニコニコと見守っているので、妙なことはされないと思うけど。

「あの……ごめんなさい」
「何がです」

 ダニールはスッと視線を外してしまった。濡れた上着を床に投げる。
 マルーシャの心臓がズキンとした。こんなダニールは初めてだった。やはり怒っているのだろうか、仮面のような無表情だ。
 ダニールの黒い髪はずぶ濡れだった。シャツも体に張りついている。マルーシャよりもよほど濡れてしまっているのは、自分にはおまじないをかけなかったからだ。

「乾かします」
「え」

 ダニールは静かにマルーシャの正面に立った。マルーシャが戸惑うのにもおかまいなしで、おまじないを唱える。

オシュ アン ボルシス(水よ我らの) テ ポヴェラス ベータ(表より去れ)
 リディグレーヴァ エ ヴィーテル(風よあたたまれ)

 心地よい風がゆるやかに二人を包んだ。
 渦を巻く温風にあたると次第に服も髪も軽くなっていく。ダニールは目を薄く開き、探るような考えるような顔だ。
 そしてマルーシャの髪が風に揺れはじめた頃、ダニールはフッと息を吐いた。おまじないが消える。

「――どうでしょうか」
「な、なんですかこれ」
「乾きましたか?」

 こくこくうなずいたらホッとされ、かすかに微笑んでくれる。いつものダニールだった。パチパチとミュシカが手を叩く。

「やっぱりお父さま、すごーい!」
「ちょっと複雑なおまじないだから、ミュシカはまだやるんじゃないよ。あ、マルーシャさんも」
「無理です! こんなの覚えられない……最初だけは知っている言葉だったけど」

 ダニールは床の上着を拾った。そっちはまだ濡れたままだ。唖然としているマルーシャに目礼し、ダニールは出ていってしまった。
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