かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
  ✻ ✻ ✻


 ふらりと酒場に入ったイグナートは、大きな相席卓の一角に腰かけた。
 たまには一人でこうするのも悪くない。こんな町にたいした情報もないだろうが、個人的な気分転換でもあるのだった。知らない店の素朴な煮込みとパン、そして葡萄酒。それだけでもなんとなく心が浮き立つ。

「お、旅行者かい」

 さっそく近くの男たちが声をかけてきた。せまい町ならなおさら、旅人からの話に飢えているものだ。

「ああ。護衛をやってるんだが、たまには主人と離れて飲みに行かせろと交渉してね。宿を出てきたのさ」

 上司への愚痴を言いニヤと笑ってみせると、それだけで肩を叩きあう仲になる。みんな雇い主や親方や取引先に何かしら抱えているのだから。イグナートは幾人かと杯をカチンと合わせた。

「どっから来たんだ」
「クローシュ公国だ。家族旅行で、のんびり田園風景を楽しみたいと奥方さまが」
「ここらは風光明媚とかじゃねえ。ただの田舎だぞ」
「いやあ、奥方さまは町育ちなもんで、野原を見るだけで目を輝かせてるよ」

 これは「奥方さま」をマルーシャに比定すれば本当のこと。野原ではしゃぐマルーシャの姿を思い出しながら話したまでだ。嘘と真実をおりまぜると会話がそれらしくなる。
 だが乱暴にパンをちぎり煮込みに突っ込む食べ方は粗野をよそおった。やろうと思えば貴族の晩餐にも出られる作法は身につけているが、郷に入りては郷に従え。

「あ、このパンさあ、ここいらじゃ高くなってるか? 国境に近づくにつれてなんだか値が上がった気がするんだが。クローシュ公国だけかなあ」
「なんだ向こうでも高いのか」

 もぐもぐしながら訊いてみたら、あっさり肯定された。男たちが迷惑げに顔をしかめる。

「小麦が品薄なんだよ。なんか妙な買い付けをするやつがいるらしくてな。つられてあちこちで買い占めが起こってるってよ」
「チーズもだぜ。まだ熟成できてないやつまで予約されてた」
「なんだそりゃ」

 イグナートは怪訝な顔をしてみせた。
 来春は家畜の乳の出が悪くなる予定、ということなのか。どれだけの飢饉を引き起こす気だ。

「パンとチーズを食べつくす大食らいがいるってか。どこのどいつだ」

 おどけて訊いたが、ここにいる連中も大元の商人が誰なのかまではわからないらしい。幾人かの名前が槍玉にあがるのを覚えておいた。

「その流れに商人みんなが乗っかりやがったんだ。俺たちにはいい迷惑さ」

 そして話はさまざまな愚痴に流れていった。イグナートは低く笑って相槌を打ちながら葡萄酒をチビチビと飲んだ。


< 81 / 144 >

この作品をシェア

pagetop