かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
「これはね、僕もやったことがないんだ。ミュシカができたらすごいぞ」
「お父さまやってないの? わたし、だいじょうぶ?」
「少し心配かな。僕は相手がいなくて試せなかっただけなんだけど」

 研究相手にも事欠くのが日常のダニールだった。どれだけ人づきあいがないか、そしてどれほど専門的かという証拠のような自白で、マルーシャはつい笑ってしまう。

「私に教えてくれたのは、使ったことあるんですか?」
「ええ、まあ。おもに誰かの失敗を打ち消す時ですが、いちど成りゆきで見知らぬ男を邪魔したこともありましたね――」

 それは、ダニールが旅に出た時だ。妖精族が各地に分散していった歴史を研究するため、あちこちに残る妖精の足跡を探す研究だった。各地の伝承にひそむ事跡を書き取って歩いていた。
 その年は、雨が少なかった。
 バルテリス王国の王都を訪れてみたら、街には渇水の不安が広がっていた。そこに雨を呼んでみせるという男が現れる。ダニールはそのうわさを聞き、雨乞いのおまじないなのではと案じて広場に行ってみた。人を集めてそんなことをされてはまずい。
 現れた男は、やはり妖精の血を引いているように思えた。
 おまじないを朗々と唱えるような真似はしないでくれて助かったが、公衆の面前で使われたものを放置するわけにもいかない。ダニールは空に働こうとしたおまじないに向けて、阻害の文言を使った。
 ショズデーレ、カテナ ヨルダテーバ(言葉よ力を喪え)
 ――そして、雨は降らなかった。

「――あ!」

 話すうちにダニールはふと思いあたり、顔をあげる。
 あの時の男はメレルスといった。ロジオン・メレルス。集まった群衆がそう呼んでいた。
 雨乞いに失敗し、罵声を浴びながらこちらをにらんだのを覚えている。阻害のおまじないがどこから飛んだか把握できるほどの実力があったということだ。

「メレルス――」

 そのつぶやきでイグナートも片眉を上げた。町で聞きこんできた商人たちの中に、そんな名がなかったか。

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