面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった
第三章:過去の影に煽られる、黒い嫉妬と剥き出しの熱
第十一話:おまえら。もしかして、デキてる?
「えっ、澪ー! 久しぶり!」
「わーっ! 久しぶりーっ!」
七月に入り、いよいよ本格的な真夏の始まりを感じさせられる、土曜日の昼下がり。
都心のビルの屋上にある、開放的なビアガーデンのワンフロアを貸し切り、高校の同窓会が開催された。
三十人から四十人くらいは集まるらしい。
拓巳が来るなら行かないと決めていたけれど、参加者リストに彼の名前はなかったので、安心して顔を出すことにした。
「あ、先にお金回収しまーす!」
入り口付近では、幹事の藤崎くんが首にタオルを巻きながら、テキパキと会費の徴収をしている。
今回の開催は、杏奈が彼とのお酒の席で、何気なく「同窓会とかできたら嬉しいよね〜」とこぼしたことから実現したらしい。
彼はもうだいぶ杏奈のことが好きなんじゃないかと思っている。
ちなみにこの前、こっそりと「杏奈は藤崎くんのこと、どう思ってるの……!?」と本人に探りを入れてみた。
すると、「え? まあ、ノリが良くていい人だよね」と、表情ひとつ変えずにあっさり返された。
なぜか私がちょっと失恋した気分になった。
「暑っ……」
日差しが強すぎて、隅に設置された業務用扇風機の近くに杏奈と避難していると、入り口に涼しげな姿が現れた。
グレージュのシンプルなTシャツを着こなした芦田くんだった。
視線がぶつかったけれど、事前の打ち合わせ通り『特に面識のない同級生』を装い、互いにスッと目を逸らす。
実際は、ついさっきまで、彼のベッドでずっと一緒にいたのだけれど。
今の他人行儀な態度と、昨晩の甘い記憶との凄まじいギャップに混乱して、頭がクラクラしてくる。
もう、なんなんだろう。私たちのこの関係は。
◇
「カンパーイ!」
盛大な掛け声とともに、同窓会が始まった。
卒業ぶりに顔を合わせる人もいて、純粋に再会が嬉しく、楽しい時間が流れていく。
しかし、久しぶりすぎるからこそ、悪気のないこんな質問も飛んでくるわけで。
「なあ! 河合とは続いてんの? そろそろ結婚すんの?」
ビール片手に、無邪気なテンションで尋ねてくる男子。
「あ、えーっと……別れたんだよね、最近」
「えっ!? マジ!? ずっと仲良かったのに、なんで!?」
心底残念がる反応に、気まずくて苦笑いする私。
「百パーセント、向こうの過失。はい、この話題は終わり!」
隣からスッと割って入った杏奈が、ピシャリと助け舟を出してくれる。
このくだりを、別々の人にすでに三回はやっている。
二回目の時、すぐ後ろのテーブルに芦田くんの背中があって、彼に聞こえるかもと、やや焦ってしまったけれど。
(まあ……芦田くんは全部知っている話だし、別に気にしないか)
そう思い直した。
◇
会の途中で、フロアの端にあるビル屋内のトイレへと向かった。
個室から出て手を洗い、冷房の効いた静かな廊下へ出ると。
「……あ」
前から、こちらに向かって歩いてくる芦田くんの姿があった。
参加者の誰かが近くにいるかもしれない。
軽く目で挨拶だけして通り過ぎようとした――その瞬間。
すれ違いざまに手首をガシッと掴まれ、強引に引き止められて小さく息を呑んだ。
「えっ、どうしたの?」
周囲を警戒しながら彼を見上げると、彼は少し身をかがめ、私の耳元で小声で尋ねてきた。
「……カーディガンは?」
(え?)
「ああ。鞄の中にあるけど……」
たしかに、昼前に彼の家を出る時は、今着ている黒のノースリーブワンピースの上に、アンサンブルの薄手のカーディガンを羽織っていた。
でも、昼間の屋上はあまりにも暑すぎて、着いてすぐに脱いで鞄にしまってしまった。
「露出、多すぎじゃね?」
低く不機嫌な声。
たぶんわざとだろうけど、ひどく冷たい目で見下ろされて、背筋が思わずゾクッとしてしまう。
「え……そ、そうかな」
ダメなのだろうか。
真夏の屋外なら、ノースリーブくらい普通だと思っていたのだけど。
言い返す間もなく、彼の長くて細い指が、露わになった私の二の腕を、下から上へとなぞるようにスッと撫で上げた。
「…………っ!」
あまりのくすぐったさと色気に、思わず「ひゃっ」と変な声が出る。
「……ちょ、ちょっと。誰か来るかもよ……!?」
ここは会場のすぐ裏手だ。
私は慌てて、彼の手に自分の手を重ねて必死に制止する。
しかし彼は、悪びれる様子もなく平然と言い放った。
「まあ、別にいいんじゃない」
(えっ!? いいの!?)
自分から『隠しておこう』って言ったくせに。
ていうか、誰かにこの距離感を見られたら、どう説明するの?
私たちの関係には……名前すらないのに。
『付き合ってないけど、毎週末一緒に寝てます』
――本当のことなんて、口が裂けても言えない。
心の中で激しくテンパり、彼の手を自分の腕から離そうとした、その瞬間だった。
コツ、コツ、と足音が近づく。
廊下の角を曲がってきた人影が急に現れ、私とバッチリ目が合った。
ピタリと、時が止まる。
私の驚いた顔を見て、芦田くんもゆっくりと背後を振り返る。
「……あ」
珍しく、芦田くんの口から間抜けな声が漏れた。
私の二の腕に、親密な手つきで触れたままの芦田くん。
恥じらいながら焦っている私。
そして、どう見ても『ただの同級生』が発するものではない、二人の間に漂う甘ったるい空気。
それらを前に、角を曲がってきた人物――藤崎くんは、目を限界まで丸くして、呟いた。
「……おまえら。もしかして、デキてる?」
「わーっ! 久しぶりーっ!」
七月に入り、いよいよ本格的な真夏の始まりを感じさせられる、土曜日の昼下がり。
都心のビルの屋上にある、開放的なビアガーデンのワンフロアを貸し切り、高校の同窓会が開催された。
三十人から四十人くらいは集まるらしい。
拓巳が来るなら行かないと決めていたけれど、参加者リストに彼の名前はなかったので、安心して顔を出すことにした。
「あ、先にお金回収しまーす!」
入り口付近では、幹事の藤崎くんが首にタオルを巻きながら、テキパキと会費の徴収をしている。
今回の開催は、杏奈が彼とのお酒の席で、何気なく「同窓会とかできたら嬉しいよね〜」とこぼしたことから実現したらしい。
彼はもうだいぶ杏奈のことが好きなんじゃないかと思っている。
ちなみにこの前、こっそりと「杏奈は藤崎くんのこと、どう思ってるの……!?」と本人に探りを入れてみた。
すると、「え? まあ、ノリが良くていい人だよね」と、表情ひとつ変えずにあっさり返された。
なぜか私がちょっと失恋した気分になった。
「暑っ……」
日差しが強すぎて、隅に設置された業務用扇風機の近くに杏奈と避難していると、入り口に涼しげな姿が現れた。
グレージュのシンプルなTシャツを着こなした芦田くんだった。
視線がぶつかったけれど、事前の打ち合わせ通り『特に面識のない同級生』を装い、互いにスッと目を逸らす。
実際は、ついさっきまで、彼のベッドでずっと一緒にいたのだけれど。
今の他人行儀な態度と、昨晩の甘い記憶との凄まじいギャップに混乱して、頭がクラクラしてくる。
もう、なんなんだろう。私たちのこの関係は。
◇
「カンパーイ!」
盛大な掛け声とともに、同窓会が始まった。
卒業ぶりに顔を合わせる人もいて、純粋に再会が嬉しく、楽しい時間が流れていく。
しかし、久しぶりすぎるからこそ、悪気のないこんな質問も飛んでくるわけで。
「なあ! 河合とは続いてんの? そろそろ結婚すんの?」
ビール片手に、無邪気なテンションで尋ねてくる男子。
「あ、えーっと……別れたんだよね、最近」
「えっ!? マジ!? ずっと仲良かったのに、なんで!?」
心底残念がる反応に、気まずくて苦笑いする私。
「百パーセント、向こうの過失。はい、この話題は終わり!」
隣からスッと割って入った杏奈が、ピシャリと助け舟を出してくれる。
このくだりを、別々の人にすでに三回はやっている。
二回目の時、すぐ後ろのテーブルに芦田くんの背中があって、彼に聞こえるかもと、やや焦ってしまったけれど。
(まあ……芦田くんは全部知っている話だし、別に気にしないか)
そう思い直した。
◇
会の途中で、フロアの端にあるビル屋内のトイレへと向かった。
個室から出て手を洗い、冷房の効いた静かな廊下へ出ると。
「……あ」
前から、こちらに向かって歩いてくる芦田くんの姿があった。
参加者の誰かが近くにいるかもしれない。
軽く目で挨拶だけして通り過ぎようとした――その瞬間。
すれ違いざまに手首をガシッと掴まれ、強引に引き止められて小さく息を呑んだ。
「えっ、どうしたの?」
周囲を警戒しながら彼を見上げると、彼は少し身をかがめ、私の耳元で小声で尋ねてきた。
「……カーディガンは?」
(え?)
「ああ。鞄の中にあるけど……」
たしかに、昼前に彼の家を出る時は、今着ている黒のノースリーブワンピースの上に、アンサンブルの薄手のカーディガンを羽織っていた。
でも、昼間の屋上はあまりにも暑すぎて、着いてすぐに脱いで鞄にしまってしまった。
「露出、多すぎじゃね?」
低く不機嫌な声。
たぶんわざとだろうけど、ひどく冷たい目で見下ろされて、背筋が思わずゾクッとしてしまう。
「え……そ、そうかな」
ダメなのだろうか。
真夏の屋外なら、ノースリーブくらい普通だと思っていたのだけど。
言い返す間もなく、彼の長くて細い指が、露わになった私の二の腕を、下から上へとなぞるようにスッと撫で上げた。
「…………っ!」
あまりのくすぐったさと色気に、思わず「ひゃっ」と変な声が出る。
「……ちょ、ちょっと。誰か来るかもよ……!?」
ここは会場のすぐ裏手だ。
私は慌てて、彼の手に自分の手を重ねて必死に制止する。
しかし彼は、悪びれる様子もなく平然と言い放った。
「まあ、別にいいんじゃない」
(えっ!? いいの!?)
自分から『隠しておこう』って言ったくせに。
ていうか、誰かにこの距離感を見られたら、どう説明するの?
私たちの関係には……名前すらないのに。
『付き合ってないけど、毎週末一緒に寝てます』
――本当のことなんて、口が裂けても言えない。
心の中で激しくテンパり、彼の手を自分の腕から離そうとした、その瞬間だった。
コツ、コツ、と足音が近づく。
廊下の角を曲がってきた人影が急に現れ、私とバッチリ目が合った。
ピタリと、時が止まる。
私の驚いた顔を見て、芦田くんもゆっくりと背後を振り返る。
「……あ」
珍しく、芦田くんの口から間抜けな声が漏れた。
私の二の腕に、親密な手つきで触れたままの芦田くん。
恥じらいながら焦っている私。
そして、どう見ても『ただの同級生』が発するものではない、二人の間に漂う甘ったるい空気。
それらを前に、角を曲がってきた人物――藤崎くんは、目を限界まで丸くして、呟いた。
「……おまえら。もしかして、デキてる?」