元王太子の俺、島国で王やってます!(※ブロマンス要素あり)
第一話
「ふぅ。これで準備はいいか」
それから数時間後。
後宮にひっそりと戻った俺は軽い旅装姿に着替え、着替え等を詰めたリュックを肩に背負った。路銀もきっちりと忘れない。
質素な自分の部屋をぐるりと見回すと、ほぼ使っていた頃のままだ。
十六年間……お世話になった部屋。まさか、離れる日がくるなんて。
「……」
俺はそっと目を伏せる。
思うところはある。俺の判断は正しかったのか、アルヴェルス王国の民はどうなるのか、弟との話し合いは?
――全部、逃げたのでは?
頭によぎる。だけど、必死に見て見ぬふりをして部屋を出た。
こそっと宮殿を出ると、もう夕方だ。アルヴェルス王城の方を通って、王都を出ようとしていると、なんと弟王子のエリューハニスの姿があった。
俺よりも一つ年下の末っ子王子だ。上背はまだあまりないけど、俺と同じ目映い銀色の髪をしている。
真ん丸い青い瞳は涙で潤んでいた。
「ラーシ兄上…っ……!」
「エリュー……」
もしかして、誰かから聞いたのか? 俺を見送りにきたのかもしれない。マミバの奴は弟たちには秘密にするって言っていたのに……なんなんだ、あいつ。
「どうか、お元気で……ラーシ兄上」
はらはらと涙をこぼすエリューハニスに、俺の胸はぎゅっと締め付けられる。
エリューハニスの頭を撫でようとした手を、俺は必死に引っ込めて我慢した。あまり優しくしすぎると、きっとつらくなるから。お互いに。
「聞いたのか? 俺が流罪になること」
「はい……っ、レノスから」
「……」
レノス。
かつての信頼していた護衛騎士の名前を聞いて、俺は無意識に沈痛な面持ちになってしまった。
いつも傍にいてくれた兄貴分が、もう隣にいない。どうして……こんなことになってしまったんだろうな。信じていたのに。
「……流罪の件、俺が悪いんだ。だから、軽蔑してくれていい」
「嘘だっ! よく存じ上げませんが、ラーシ兄上は悪いことをするような人間じゃありません! 僕は絶対に信じないっ!」
「エリュー……」
胸がじぃんと熱くなった。俺のことを信じてくれる弟が本当に愛おしい。
エリューハニスは昔からこうだ。俺のことを尊敬の眼差しで見上げて、俺の後ろをいつもついてくる。時に盲信するところもあるけど、可愛い弟だ。
この子の兄でよかった。
俺は、エリューハニスからふと視線を外した。傍には他に誰もいないことを確認する。
「そういえば、ウーシュは?」
「ウーシュ兄上でしたら、執務室に引きこもっています」
「……そうか」
「お話したんですけどね! どうしてああも冷たいのか!」
ぷりぷりと怒るエリューハニスに、俺はぎこちなく苦笑いした。
「そんなことない。ウーシュはただ、不器用で誤解されるところがあるだけだ。これからもウーシュと仲良くしろよ」
「……はい」
俺に窘められて、エリューハニスはしょんぼりとする。もう泣いてはいない。感情を爆発させたら、涙がどこかへ吹き飛んだみたいだ。おそらく。
俺はくるりと背を向けた。手をひらひらと左右に振る。
「じゃあ、またな」
「はい! ……あっ! ラーシ兄上!」
呼び止められ、俺は足を止めた。
エリューハニスが小走りで追いかけてきて、首に提げていた自身のペンダントを自分で外した。珊瑚のように透き通る赤い宝石が金細工にはめ込まれた、美しく高価なペンダントだ。
「ラーシ兄上。こちら、どうぞ」
俺は目を瞬かせる。
「これ、エリューのお気に入りのペンダントだろ? どうして急に」
「再会する時まで預けます」
エリューハニスは泣きたそうな笑顔で応えた。
俺は虚を突かれた。……再会する時まで。そうか、再会を信じたいのか。
俺がさっき世辞で「またな」と言ってしまったから。先程から妙に元気そうに振る舞っているのも、きっと俺に心配をかけたくないから……かもしれない。