クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
……これが最後になるかもしれない。
だから、どうしても言っておきたかった。
先輩が私に向けてくれているはずの「想い」と、上司としての「責任感」。
そのどちらにも揺さぶりをかけられるはずの、最後の切り札…

「……先輩、今日最後の後輩のわがまま、いいですか……? 私の家まで、送ってくれませんか?」

痛いほどの沈黙が落ちた。
先輩の瞳が、激しく揺れ動くのがわかる。

(……お願い。突き放さないで……)

コートの袖を掴む指先に、祈るように力を込める。
ここで「駄目だ」と言われたら、きっと先輩はもう二度と、この距離まで近づいてこないだろう。

永遠のように感じた数秒後。
先輩は、低く落ち着かせた声で、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……わかった。上司としてこんな状態で一人で夜道に放り出すわけにはいかない。家の前まで送るよ」

……また「上司として」なんて言った。
真面目で、不器用で、たぶん少しだけずるい人。

でも、私を支えてくれるその腕の確かな力強さと温もりが、そんな白々しい言い訳なんてどうでもよくなるくらい、彼の本当の答えを教えてくれている気がした。

「……先輩、ありがとうございます」

私は彼の腕にそっと体重を預けながら、改札へと向かうその歩幅に、自分の足音をぴたりと重ねた。
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