クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

#3【先輩視点】「なんで私の好みを知ってたんですか?」——背中に嫌な汗が滲んだ八月の朝

八月に入り、朝から強い日差しが照りつけていた。
プロジェクトが本格的に始動し、彼女との接触回数は増えたが、俺は相応の「隙のない上司」という仮面を被り続けている。

(……これでいい。深入りは互いのためにならない)

今日もそう自分に言い聞かせてエントランスを抜けると、エレベーターの前に彼女の姿を見つけた。
……いつもならすれ違うこともない時間だ。不意打ちみたいに心臓が跳ねる。

一瞬、歩みを止めてやり過ごそうかという迷いが生じたが、彼女がこちらに気づき明るい笑顔で「おはようございます」と声をかけてきたので、エレベーターに向かわざるを得なかった。

狭いエレベーターの中。
九階のボタンを押そうとして、彼女の指先が視界に入る。
触れてしまいそうな距離に焦るが、彼女が先に指を引いたので落ち着いてボタンを押した。

(……近すぎる)

密閉された空間。隣に並ぶ彼女から、微かに石鹸のような清潔な香りが漂ってくる気がして、俺は正面の扉を凝視した。

「あの、先輩。こないだはコーヒー、ありがとうございました。……すっごく美味しかったです」

沈黙を破った彼女の言葉に、俺は喉の奥を鳴らすのが精一杯だった。
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