クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
「……いや。別に、大したことじゃない」

本当は大したことだ。あのコーヒー一本を渡すだけで俺はどれだけ消耗してしまったか。
そんな内心を悟られまいと声を低く抑えたが、彼女はさらに踏み込んできた。

「あの…なんで私が『微糖のアイス』好きだって、知ってたんですか? 先輩、打ち合わせではいつもブラックですよね」

背筋に、嫌な汗が滲む。
……まさか、彼女が営業部デスク前を通るたびに目で追っていたなど、口が裂けても言えない。
変に意識して見ていたと思われたら、その瞬間に距離感が壊れる。

「……っ」

俺は脳細胞をフル回転させ、最も「論理的」だと思える回答を絞り出した。

「……いや…頭が疲れた時は糖を取るのが理にかなってると思って。……君があの時ずっと、眉間にギュッとしわを寄せてPCを睨んでたのにふと気づいたから」
「ええっ、私、そんな顔……!」

嘘ではない。実際、最近の彼女は少し肩に力が入りすぎているように見えていた。
だが、その後に補足のつもりで口走った「君のデスクの端にいつもあの缶が置いてあるのが、たまたま目に入った」という言い訳は、自分でも無理があると思った。
< 141 / 210 >

この作品をシェア

pagetop