クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
ほんの一瞬、焦点が重なる。
俺は平静を装って、何事もなかったかのように再び手元の資料へと目を落とす。だが、心臓の奥が粟立つような、妙な焦燥感があった。

(いかん。……りんりんを目で追うのが癖になってしまっている……)

――ハッとした。
……目で追ってしまう癖も相当まずい…が、それ以上に――今、俺は頭の中で、彼女のことをなんと呼んだ?

御空(みそら)さん、だ。俺にとって彼女は、成長を支えるべき部下で、それ以上でも以下でもないはず。
……なのに、気づけば頭の中では、みんなと同じ呼び方が自然に浮かぶようになっていた。

……名前なんてただの呼び方だ。
しかし俺にとっては、その呼び方自体が境界線だった。

(……危ないな)

俺は小さく息を吐き出し、マウスを握り直した。

口に出さない限り、誰にもバレることはない。
けれど、自分が設定した「苗字」という強固なはずの防壁が内側から少しずつ崩れ始めているような気がして……
俺は自分の理性に、静かな危機感を覚えていた。
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