クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
『病み上がりの彼女を、これ以上この雨に晒すわけにはいかない』
俺は迷わず鞄から傘を取り出し、彼女に差し出した。
早く傘を開かせて、一滴でも雨粒から彼女を守らなければ。その時の俺は、それ以外を考える余裕がなかった。
その結果、俺の口から飛び出したのは上司としての理性的な言葉ではなく――俺自身だけは絶対に口にしてはいけないと線を引いていた、あの呼び名だった。
「――りんりん、これ使って」
……言った直後。
自分の発した声の響きに、一瞬思考が止まった。
(今、俺は、なんて言った……?)
「えっ、先輩の分の傘ないですよね!? 一緒に、相合傘で――」
彼女が目を丸くして何かを言っている。
だが、その瞬間の俺には返事を考える余裕はなかった。頭の中では、自分が口にした呼び名ばかりが反響していた。
(やってしまった……口に出した。最悪だ……!)
「いい。俺は走って帰るから、じゃ」
これ以上ここにいたら、動揺を隠しきれない。余計な失言を重ねる前に今すぐこの場から離れたかった。
俺は強引に傘を彼女の手に押し付けると、土砂降りの雨の中へ文字通り逃げるように駆け出した。
冷たい雨が容赦なくコートを濡らし、革靴が水たまりを蹴る。だが、どれだけ冷たい雨を浴びても、顔の熱だけは一向に引かなかった。
(不愛想な上司が、急に「りんりん」呼びして傘を押し付け、そのまま全力で走り去る……冷静に考えて、意味不明すぎるだろ……)
どう受け取られたか想像しただけで顔から火が出そうだった。
俺はそれ以上考えないように、ただひたすらに雨の中を走り続けた。
俺は迷わず鞄から傘を取り出し、彼女に差し出した。
早く傘を開かせて、一滴でも雨粒から彼女を守らなければ。その時の俺は、それ以外を考える余裕がなかった。
その結果、俺の口から飛び出したのは上司としての理性的な言葉ではなく――俺自身だけは絶対に口にしてはいけないと線を引いていた、あの呼び名だった。
「――りんりん、これ使って」
……言った直後。
自分の発した声の響きに、一瞬思考が止まった。
(今、俺は、なんて言った……?)
「えっ、先輩の分の傘ないですよね!? 一緒に、相合傘で――」
彼女が目を丸くして何かを言っている。
だが、その瞬間の俺には返事を考える余裕はなかった。頭の中では、自分が口にした呼び名ばかりが反響していた。
(やってしまった……口に出した。最悪だ……!)
「いい。俺は走って帰るから、じゃ」
これ以上ここにいたら、動揺を隠しきれない。余計な失言を重ねる前に今すぐこの場から離れたかった。
俺は強引に傘を彼女の手に押し付けると、土砂降りの雨の中へ文字通り逃げるように駆け出した。
冷たい雨が容赦なくコートを濡らし、革靴が水たまりを蹴る。だが、どれだけ冷たい雨を浴びても、顔の熱だけは一向に引かなかった。
(不愛想な上司が、急に「りんりん」呼びして傘を押し付け、そのまま全力で走り去る……冷静に考えて、意味不明すぎるだろ……)
どう受け取られたか想像しただけで顔から火が出そうだった。
俺はそれ以上考えないように、ただひたすらに雨の中を走り続けた。