クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
翌朝。出社すると、すでに彼女は席にいた。
俺がデスクに着くのを見計らったように、彼女が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。肩のあたりが僅かに強張ったが、意識していつもの表情に戻した。

「……先輩、おはようございます」
「ああ。おはよう」

すると彼女は、小さな箱を差し出してきた。ドリップコーヒーの詰め合わせだった。

「傘の件とか、接待の時とか……色々お世話になりっぱなしだったので。ちゃんとお礼を言いたくて」

その言葉に、俺は内心ひどく安堵した。

(……少なくとも、変に気を遣わせたり、困らせたりはしていなかったのか)

今思い返しても、突然あの呼び名を口にした上、そのまま逃げるように走り去ったのは我ながら意味不明だったと思う。……それでも彼女は、善意として受け取ってくれていたらしい。

「……いや、お礼ならこの間も聞いたよ。だから、そんなに気を遣わなくていい。……全部、当たり前のことをしただけだから」

予防線を張るように答えると、彼女は少しだけ語気を強めた。

「当たり前じゃないです」

真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。

「ちゃんとお礼がしたかったんです。……受け取って、もらえませんか」

そこまで真っ直ぐに言われると、断る理由はもう見つからなかった。
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