クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
(……もし本当に、彼女が俺を……
……俺に向けられるあの笑顔に、特別な意味があるのだとしたら……)

ドクン、と自分のものとは思えないほど大きな心音に、俺は頭を抱えた。
胸の奥が落ち着かない。考えないようにしていたものが、一気に輪郭を持ち始めている。上司としての矜持も、クールな俺という仮面も、今この瞬間、跡形もなく消え去っていた。

ダメだ。限界だ。
このまま考えていると、今まで通りではいられなくなりそうだった。

これ以上彼女と接すれば、上司として引いていた線を自分で越えてしまうかもしれない。
……それだけは、絶対に避けなければならなかった。

俺は震える手でリップクリームと付箋をポーチに押し込み、彼女の席まで歩いていってそっとデスクの上に置いた。

(……逃げよう)

あと数日で、年末年始の長期休暇に入る。
それまでは、絶対に彼女と二人きりにならない。打ち合わせ以外の接触はすべて断つ。
このおかしな熱から物理的に距離を置き、一人きりの正月の間に、もう一度完璧な「上司の壁」を再構築するのだ。

俺は逃げるようにコートを羽織り、足早にオフィスを後にした。
冷たい冬の夜風を浴びながらも、頭の中だけは全く静まる気配がなかった。
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