【凛視点】クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
#8 突然の雨と、一本の折りたたみ傘。彼が初めて口にした私の名前に、心臓の音が止まらない
体調が戻ってからの、最初の外回りだった。
午前中は先輩と別行動で、打ち合わせの直前に現地で合流。個人的なお礼を切り出す間もないまま会議になだれ込んでしまった。
一通りの打ち合わせを終えて、ようやく肩の力が抜けたのは、午後もだいぶ過ぎた頃だった。
得意先のビルを出て、駅へと続く大通りを二人で歩き始める。
オフィス街の喧騒の中、私たちは冷え込んできた空気を感じながら、先程の打ち合わせの反省点をポツポツと言葉にしていた。
「——そのあたりの数値、次回までに修正しておきます」
「ああ。頼む。……あそこは、先方も気にしていたからな」
並んで歩きながら、私は何度も「あの日のお礼」を口にしようとした。けれど、仕事モードの先輩の横顔はいつも通り隙がなく、言葉は何度も喉の奥に引っ込んでしまう。
やがてビル群が途切れ、視界が急に開けた。
駅へ向かう最短ルートとして、大きな川に架かる長い橋を渡り始める。
ビル風とは違う、湿り気を帯びた強い川風が吹き抜け、病み上がりの体に少しだけ冷たく感じられた。思わず首元をすくめた、その瞬間だった。
頬に、冷たいものが一粒。
(……え)
午前中は先輩と別行動で、打ち合わせの直前に現地で合流。個人的なお礼を切り出す間もないまま会議になだれ込んでしまった。
一通りの打ち合わせを終えて、ようやく肩の力が抜けたのは、午後もだいぶ過ぎた頃だった。
得意先のビルを出て、駅へと続く大通りを二人で歩き始める。
オフィス街の喧騒の中、私たちは冷え込んできた空気を感じながら、先程の打ち合わせの反省点をポツポツと言葉にしていた。
「——そのあたりの数値、次回までに修正しておきます」
「ああ。頼む。……あそこは、先方も気にしていたからな」
並んで歩きながら、私は何度も「あの日のお礼」を口にしようとした。けれど、仕事モードの先輩の横顔はいつも通り隙がなく、言葉は何度も喉の奥に引っ込んでしまう。
やがてビル群が途切れ、視界が急に開けた。
駅へ向かう最短ルートとして、大きな川に架かる長い橋を渡り始める。
ビル風とは違う、湿り気を帯びた強い川風が吹き抜け、病み上がりの体に少しだけ冷たく感じられた。思わず首元をすくめた、その瞬間だった。
頬に、冷たいものが一粒。
(……え)