クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
その日の午後の打ち合わせ。
会議室で資料を並べながら、私はいつもより穏やかな気持ちで先輩の隣に座っていた。
「このページ、確認お願いします」
資料を手渡そうとした、その瞬間。

先輩の指先が、私の指先に、ふっと触れた。

(……あ)

世界が、一瞬だけ止まる。
触れた場所から、熱が体中に伝わっていく。
慌てて顔を上げると、先輩も——こちらを見ていた。
いつも感情の読めない、あの瞳が。この瞬間だけは、かすかに熱を帯びて揺れている。

「……あ、すまない」

先輩が、わずかに視線を逸らして資料を受け取った。
ふと見ると先輩の耳の先が、ありえないくらい赤くなっている。

私は「い、いえ……」と返しながら、自分の指先をそっと握りしめた。

(……先輩の反応、私と同じだった。気のせいじゃ…ないよね)

会議室の喧騒は続いている。他の誰も、この一瞬の小さな事故には気づいていない。
でも私の頭の中は、さっきの熱と赤くなった先輩の耳のことでいっぱいだった。

ふと見ると先輩はもう、いつも通りの顔に戻っていた。資料に視線を落として、淡々と話を進めている。

(……ずるいな、自分だけ冷静なふりして)

私は手元の資料に視線を戻した。
けれど、もう仕事の数字なんて何一つ頭に入ってこなかった。
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