クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
けれど…
「手なんか出してたら」という同僚の冷やかしが、頭の中で何度も跳ねる。

それはただの冗談で、よくあるオフィスの雑談に過ぎない。
なのに、なぜか——呼吸が苦しくなるほど、ドキドキが止まらない。

(……やば。なんで私、こんなに……)

私は廊下で一人、熱くなった両頬を両手で押さえた。

あの雨の日の時点で、本当はもう気づいていたのだ。
他人の何気ない言葉が最後の一押しになって、この気持ちを認めざるを得なくなってしまった。

(……好き、なんだ。……私、あの人のことが、本当に好きだ)

言葉にして認めた瞬間、今まで自分でも不思議だった行動の理由が、全部ストンと腑に落ちた。
あの低い声が聞きたくて、わざとらしく質問を考えたこと。
名前を呼ばれた時の、あのどうしようもない高揚。
指先が触れた時の、あの火傷しそうなほど熱かった一瞬。

(……全部、好きだからだったんだ)

給湯室からはまだ笑い声が聞こえてくる。
「まあ、りんりんは誰にでもいい影響与えるタイプだろ。天真爛漫ってやつ?」
「それな。でも、主任が特に影響受けてるのは、絶対彼女だけだって」

(……私だけ、ならいいな)

私はそっと深呼吸をしてから、執務室に戻った。
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