クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
午前中は年始の挨拶回りで慌ただしく過ぎた。フロアですれ違う人と「あけましておめでとうございます」を繰り返していると、給湯室の前で、先輩と鉢合わせた。

「——あ、先輩!あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします」

深々と頭を下げると、彼は一瞬だけ足を止めた。

「……あ、ああ、りんりん。今年もよろしく」

低い声が、静かな廊下に染み渡る。

(……りんりん)

驚くほど当たり前のように、彼はその名前を呼んだ。休みの間ずっと抱えていた「どう思われているんだろう」という不安が、その一言でふっと軽くなる気がした。

「……休みは、ゆっくりできたか」

先輩はわずかに視線を泳がせた。よく見ると、耳の先が心なしか赤い。照れているのだ。それが分かってしまう自分にも、私は驚いていた。

「はい! 実家で食べ過ぎて太っちゃいそうです。先輩は? ちゃんと休めました? 年末、ずっと遅くまで残ってたじゃないですか。だから、勝手にちょっと心配になっちゃって……」
「……見てたのか」
「帰る時に見えたんです。……あんまり無理しないでくださいね」

おせっかいだったかな、と少しだけ後悔した。けれど彼は怒るでもなく、ただ短く「ああ」と答えた。
その短くも確かな一言で、冷え切っていた廊下の空気がふわりと温かくなった気がした。

「じゃあ、仕事戻りますね。……今年も、よろしくお願いします!」

もう一度頭を下げ、彼の横を通り過ぎる。自分のデスクに戻り、深く、深く息を吐いた。
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