クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
「……りんりんは、太陽みたいだな」
「え?」
「俺は月だから。……君が眩しくて、時々、どうすればいいか分からなくなるよ」

静まり返った会議室に、低く落ち着いた声が落ちた。
ロマンチックすぎるその言葉の響きに、私は一瞬息を呑み——一拍遅れて、吹き出した。

「っ……ぷ、あははっ!」
「……なんで笑う」
「だって! 太陽と月って……! 先輩、それ、どういう文脈から出てきたんですか」

「事実を言っただけだが」
「事実!? ……もー、先輩ってたまにそういうこと言いますよね! 会議を図書館みたいって言ったり」

「っ! ……聞いてたのか、あれ」
「はい、ばっちり聞こえてました! なんでそんなに真顔でポエマーみたいなこと言えるんですか、もう……」

笑いが止まらない私を前に、先輩は至って真剣な顔で「どこがおかしいのか分からない」と眉をひそめている。
その不器用な真面目さが、たまらなく——。

「……私、先輩がそういうこと言うたびに、なんか……すっごく、可愛いなって思っちゃうんですよね」

言ってから、血の気が引いた。

「可愛い」は、いくらなんでも言い過ぎた。
相手は、仕事に厳格な「先輩」なのだ。

先輩の動きが、ぴたりと止まった。
「あ、あの、ごめんなさい! なんか、変な言い方しちゃって——」

慌ててフォローしようとした私の言葉を遮るように、先輩が顔を背けた。
その耳の先が、信じられないくらい真っ赤に染まっている。

(……あ)

「……行くぞ」

先輩はそれだけ言うと、いつもより明らかに早い歩調で会議室のドアに向かっていった。
私は慌ててその後を追いながら、心臓が激しく脈打つのを感じていた。
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