クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
執務エリアに戻った私はふと、営業フロアの方に目をやった。
いくつものデスクが連なる、その先。受話器を置き、ふっと息をついた彼の姿。

不意に、視線がぶつかった。

距離にして、およそ15メートル。 喧騒にかき消されて、声など届くはずのない場所で彼の瞳がまっすぐに私を捉える。

一秒、二秒。 いつもなら即座に逸らされるはずの視線が、なぜか今日だけは磁石に吸い寄せられたかのように動かなかった。 突き放した冷たさではない。冷徹な上司の目でもない。

「よくやってる」と。 ただそれだけを語りかけてくるような、力強いけど穏やかな眼差し。

(……先輩)

私が先輩の方に一歩踏み出しそうになった瞬間、彼はハッとしたように視線を手元に落とした。
何事もなかったかのように、まるで、今のは私の勘違いだったかのように。

私はその場で小さく、けれど確かな呼吸を繰り返した。

(……やっぱり、嫌われてなんかいない。先輩は、あえて離れて私を信じて見守ってくれてるんだ)

突き放された言葉も、孤独だった夜も——すべては、彼なりの不器用で誠実な「信頼の形」だったのだ。

(……だったら、今はまだ、言葉でお礼を言う時じゃない)

私は唇を強く結び、自分の戦場へと歩き出した。
彼が自分のキャリアを賭けて守ってくれたこの場所で、彼が予想もしなかったような最高の景色を見せたい。独り立ちの本当の意味を、証明したい。

これはもう単なる憧れではない。
私が孤独な暗闇にいる時、いつも見えないところで道を照らしてくれていた——彼という光に報いたいという、執着に近い決意だった。
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