クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
昨夜、すぐ近くで一心不乱にカッターを動かし続けていた先輩の力強い指先。
「頼む」と言って修正ラベルを手渡された時、一瞬だけ触れた指の熱がまだ私の中にじわりと残っている気がする。

会場のBGMに混じって、アナウンスが響く。整理券の配布列が伸び、スタッフ同士が無線で連絡を取り合っている。
イベントは、確実に成功に向かっていた。
ふと、喧騒の向こう側——関係者席の近くで、他のプロジェクトメンバーと真剣な表情で話し込んでいる先輩の姿が見えた。
彼もまた、私と同じ徹夜明けのはずなのに、その立ち姿には微塵も隙がない。
話しかけたい気持ちもあったが、今はイベントの対応に集中しなければならない。

公式SNSアカウントに次々に届くコメントや引用ポストに、現場の空気感を混ぜながら一つ一つ丁寧に答えていく。
イベントという非日常の渦中に身を置きながらも、私の心はどこか冷静に、昨夜のあの静かな熱を求めていた。

会場に溢れる何千人もの笑顔より、ただ一人、あの人と共に戦えたという事実。

(……好きだ。……もっと、あの人の側にいたい…)

プロジェクトが終わっても、この繋がりだけは絶対に終わらせたくない。 私は手元のスマホをぎゅっと握りしめ、自分でも驚くほど強い執着をその胸に深く刻み込んだ。
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