クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
めくってみると、そこには今見れば顔から火が出そうなほど青臭い夢が並んでいる。 けれど、その余白には……それを見守り、現実的な形へと導いてくれた先輩の小さなメモが至る所に書き込まれていた。

「……先輩、これ……」
「うん、全て終わったら返そうと思ってた。見た目はちょっとよろしくないが、今後の君の役に立つと思って。良かったら使ってくれ」

その声は、どこまでも優しく穏やかだった。
この一年半、時には冷たく感じるほどだったのに、裏ではずっと私を支え続けてくれていた。その事実に気づいた瞬間、嬉しさで私の視界が一気に滲みそうになるが、グッと堪える。

「……ありがとうございます」

消え入りそうな声でやっと絞り出す。先輩はしばらく黙って私を見つめていたが、ふいにモニターに並んでいたウィンドウを閉じ、「……よし。ちょうど一区切りついたところだ」と小さく独り言をこぼした。
それから「じゃあ」と短く言い、パソコンを落としてゆっくりと席を立った。

「……えっ、もう帰るんですか? 飲み会は?」
「うん、さすがに残業続きでちょっと疲れてて。りんりんもここんとこハードだったろ。若いから俺とは違うとは思うけど、あまり飲みすぎないようにな」

先輩は悪気など微塵もなく、ただ事実を口にしただけのような、穏やかな顔で笑った。
けれど、その「若いから」という一言が、私の胸にチクリと刺さる。

(……また、子供扱いされてる)

「はい……お疲れ様でした……」
それ以上何も言えず、私はただ、コートを羽織ってエレベーターホールへ向かう先輩の背中を見送ることしかできなかった。
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