クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
プロジェクトが終わった今、その恐怖は前よりずっと現実味を増していた。
業務上で彼と関わる「自然な口実」はもう完全に無くなっている。実際、年が明けて出社しても、部署の違う彼とは挨拶を交わす程度。

(……このままじゃ、本当にただの「元同じチームだった先輩と後輩」になっちゃう…)

焦燥感ばかりが募る。
今のままお互い仕事の顔で向き合っても、きっとあの人は一歩も踏み込ませてくれない。
なんとかして仕事から少し離れて、一人の女性としてあの人と話をすることはできないだろうか……。

「……りんりん? さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫?」

不意に隣の同期に顔を覗き込まれて、私はハッと息を呑んだ。

「あ、う、うん! 大丈夫だよ?」

慌てて笑ってみせる。
気づけば、手の中のビールの泡はすっかり消えかけていた。

ごまかしながらビールを一口飲んでふと視線を向けると、先輩が静かに席を立ち帰り支度を始めているのが見えた。どうやら二次会には行かず、一人で先に帰るらしい。

——そういえば、先輩が二次会に参加しているところをあまり見たことがない。いつもの飲み会でも、気づけばいつの間にか姿を消している。誰かに声をかけられても「先に失礼する」と短く告げて、一人で帰ってしまう人だった。

(……今しかない)

私は静かに決意した。
周りに先輩を追いかけたと感づかれないように数分だけタイミングをずらし、隣の同期に「ごめん、ちょっと酔って気分悪くなってきちゃって。私ここで帰るね」と耳打ちして、足早に店を抜け出した。
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