クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
賑やかなターミナル駅の改札を共に抜け、行き交う人波に揉まれながら歩く。
それぞれの乗る路線が分かれる、広いコンコースの分岐点。ここを曲がれば、もう今日の二人の時間は終わる。

(……今、何かを言わなきゃ。なのに……言葉が喉に引っかかって出てこない)

絶え間なく行き交う人々の波を避けるように、先輩が不意に足を止めた。

「……りんりん」
「……はい」
「……色々あったけど、よく頑張ったな、本当に」

そう言って、先輩の大きな手が、私の頭をそっと撫でた。
子供をあやすような、でも、壊れ物を扱うような、あまりにも優しくて不器用な手つき。

「……じゃあ。おやすみ」
先輩はそれだけ言うと、足早に反対方向の乗り換え通路へと歩き出した。

「あ……」
引き止めようと微かに動かした私の指先は、通り過ぎるサラリーマンのコートに遮られた。

(——呼び止めれば、いい。走って追いかけて「先輩」って、たった一言言えば、それだけでいい)
……分かっているのに、足が動かなかった。

先輩はそのまま、一度も振り返らずに人混みの中へ消えていった。
雑踏に取り残された私は、撫でられた場所をそっと押さえながら立ち尽くす。

(……「ずっと」、の続き。……聞きたかった。
……引き止める勇気もなかったくせに…でももう、我慢できないよ……)

胸の奥が熱くて苦しくて、息がうまく吸えずにしばらくその場から動けなかった。
行き交う人の波に何度もぶつかられて、やっと我に返る。

……もう、「よくできた後輩」のままではいられない。
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