クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
「……人前で歌うのが、どうも苦手で。……ボーカルに憧れた時期もあったんだが、結局、俺には一番低いところでリズムを支えるベースが合ってたんだ。……表に出るより、裏で帳尻を合わせる方が、性分に合ってるんだろうな」
「……それ、今の仕事のスタイルそのものじゃないですか。……先輩のベース、聴いてみたいなぁ……」
「……いや、もう指が動かない。……ただ、歌えない代わりに、歌詞だけは書いてたんだ」
「ええっ、歌詞まで!? ……めちゃくちゃ気になりますっ!!……あの、いつか……いつか、その歌詞、私に見せてくれませんか?」

身を乗り出した私の視線の先に、一瞬、時を止めたような先輩がいた。

ジョッキを握る大きな手が、ピタリと止まる。
いつもは淀みなく指示を出すあの唇が、何かを言いかけて…静かに閉ざされた。

さっきまで、音楽のことも学生時代のことも、普段なら絶対に話さないようなことを、少しずつ聞かせてくれていたのに。
その空気が、急に遠ざかった気がした。
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