偶然の再会から外交官の溺愛が止まりません
 お腹に手を当てて、まだ見ぬ赤ちゃんに力強く心の中で語りかけた。

 午後から出勤をしたものの、翌日以降、妊娠しながら働くことの大変さを思い知る。

 先日までなんとも思っていなかったコーヒーの香りや、出汁の匂いなど、匂いのあるものがダメになってしまって、鼻に届いただけで込み上げてくる。
 通勤電車の揺れや人混みでめまいを起こしそうになるし、自分は出勤すらできないなんてと落ち込む。

 そんな依織の様子を見ていたチームメンバーのひとりが依織をリフレッシュルームに呼び出した。
「桜葉さん、間違っていたらごめんね。もしかして、妊娠していない?」
 それは去年、育休から復帰してきたばかりの先輩だった。

 しばらく迷って依織は答える。
 黙ってばかりもいられないだろう。いつかは知られてしまうことなのだから。

「……はい。そうなんです」
「あ、やっぱり? 私の症状にとてもよく似ていたから、もしかしてと思って」
(どうしよう)

「結婚式はいつなの?」
「あ、結婚式はしなくて……」
「入籍だけするのかな? まあ、それでもいいよね」
 違うのだと言わなくてはいけない。
 きっとこういうことは今後、何度も起こる。

 これから何度も同じことを説明しなくてはいけない。
 だから、慣れなくてはいけないのだから。
< 69 / 169 >

この作品をシェア

pagetop