偶然の再会から外交官の溺愛が止まりません
* * *
東條がヴェルディア共和国からすべての邦人を退去させることができたのは、クーデターの発生から二年後のことだった。
クーデターからしばらくして空港は閉鎖された。閉鎖直後から現地の暫定政府と日本政府との交渉が始まる。東條は現地駐在の外交官としてできる限り直接交渉の場に立った。
現在ヴェルディア共和国に残っているのは、一般人で彼らは一刻も早く帰国させるべきであり、外交のカードにはならないと粘り強く交渉した。
政府専用機へ一度に乗れる人数は限られている。陸路を使える人たちは陸路で国境を越えて、近くの国から日本へ帰国してもらうという手段も使う。
平和で美しかったヴェルディア共和国は見る影もなくなってしまった。
帰国してからは報告書の作成や、情報分析、国会対応、また帰国した邦人へのケアもある。
特に帰国してすぐは東條でさえも、PTSDのような症状に悩まされた。当然だろう。
極限状態で数年海外にいたのだ。
爆音、検問、群衆による暴動。そのざわつきを夢に見て、汗びっしょりで飛び起きたことが何度もあった。
いつも通り登庁していたのはひとえに東條の責任感が強かったからに他ならない。
それらの症状が落ち着いてきた頃、東條は旅行会社主催のレセプションに参加した。
東條がヴェルディア共和国からすべての邦人を退去させることができたのは、クーデターの発生から二年後のことだった。
クーデターからしばらくして空港は閉鎖された。閉鎖直後から現地の暫定政府と日本政府との交渉が始まる。東條は現地駐在の外交官としてできる限り直接交渉の場に立った。
現在ヴェルディア共和国に残っているのは、一般人で彼らは一刻も早く帰国させるべきであり、外交のカードにはならないと粘り強く交渉した。
政府専用機へ一度に乗れる人数は限られている。陸路を使える人たちは陸路で国境を越えて、近くの国から日本へ帰国してもらうという手段も使う。
平和で美しかったヴェルディア共和国は見る影もなくなってしまった。
帰国してからは報告書の作成や、情報分析、国会対応、また帰国した邦人へのケアもある。
特に帰国してすぐは東條でさえも、PTSDのような症状に悩まされた。当然だろう。
極限状態で数年海外にいたのだ。
爆音、検問、群衆による暴動。そのざわつきを夢に見て、汗びっしょりで飛び起きたことが何度もあった。
いつも通り登庁していたのはひとえに東條の責任感が強かったからに他ならない。
それらの症状が落ち着いてきた頃、東條は旅行会社主催のレセプションに参加した。