天使か悪魔かそれとも魔女か~負の魂集う墓標のラビリンス~

湖の光るラビリンス 前編

「オリャリャリャーッ‼ ドッセイ‼」

二本派手に振り回して、全部上に巻き上げて────撃破。
ぼた、ぼたた、ぼたたたと、倒したカエル達が降り、山と積み上がって決着がつく。

「イエーイ♪ カエルくらい楽勝楽勝っ♪」

レトリは満面の笑みを浮かべ、その前で決めたブイサインを振る。
視線の先のゴルはというと、驚いた顔のままだったが。

「はい、これ。なんか変身できちゃったね?」

戻ってきたレトリに杖の足を返されても、まだ現実を受け入れ難くといった表情で、しばらく受け取ったその状態のまま固まる。目を瞑り考え込んでいた。

(なんなんだ、こいつは……)

常識外れにもほどがあると思う。
それは出会った時からずっと、性格も含めてだが。

「わたしも、不思議には思ってて……」

そう言うレトリは、伏し目がちにであり、吐露したことよりも別のことに意識を割いていた。

拒絶をされないか。自分のその常識外れ具合にだ。
心のどこかでは、今更のようにも思うのだが。

『──もう嫌! こんな子育てられないわよ!』

過去にはそんな苦い経験もある。
孤児院へ来ることになった経緯の詰まった言葉だ。

「シスターからは、ラビリンスに到達できないと核の力は使えない。だからもしその前にモンスターに出くわしたら、その自慢の足で逃げなさいって」

これからどんな反応を示すのか、気が気ではない。
シスターのように受け入れてくれるのか。

それとも怯えた目を向けてきた両親のように────。
心の傷の隙間からは、その目が覗く。
もうすっかり立ち直り、そのことを受け入れたつもりなのに。
ふとした拍子にこうなって、トラウマを呼び起こされる時がある。

「石を投げるとかの対策もみんなで考えてきてたんだけど。無駄にしちゃったね?」

顔を持ち上げ、努めて明るく言って見せてはいた。
ゴルの目が開く。

「まったく、何なんだお前は」

ツンとした物言いで、一瞬身構えはしたが。
視線の先にあるその硬い表情はすぐさま崩れて、こう口にしていた。

「変身できちゃったじゃねーよ。とんでもないことあっさりしやがって」
「あはは、だよね?」

緊張が解れていく。ほっともらした安堵の息は、内でした。

「自分でも驚いちゃってて」
「しかしこれで、益々お前の核のことを誰にも話せなくなったな……」
「ゴルくんも!? シスターから口止め……」
「まあな。命に関わることだからな。お前も言われてんだろ?」

ラビリンスのことをシスターに話す際に、当然レトリはそのことも伝えてあり、自身で今言ったように口止めを受け、ゴルにそのあと言われたこともほとんどまま伝えられていた。

ずっと気になってはいた。どうしてそんなことになるのか。

「うん、だから他の人がいるとこだとこのこと話せなくて。命に関わるっていうのがわたしにはよくわかんなくて。その時パっと言えたらよかったんだけど、浮かばなくて」

「珍しい核ってのは、売り捌けばかなりの額になるんだよ。勿論、表の話じゃないぞ。いや余計なこと言うとお前わからんか。とにかく高く売れる。大きな宝石を持ってますって、みんなに自慢してるようなものだと言えば、わかるな?」

「ああ、そういう。悪い人に目を付けられるから。盗られちゃうからだよね?」
「それで済んだらいいんだが。まあ嫌だろ、そんなの」
「うん。返り討ちにする自信はあるけど、気が休まらないもんね!」

「あのなあ、世の中真っすぐ来てくれる奴ばかりじゃないんだぞ。搦め手だってある。例えば、毒飲まされるとか」
「ど、毒ぅ!?」

と、レトリは驚いてはいたが。直後に眉を寄せる。

「そこまでする人いる……?」 
「いる」
「なにそれこわっ‼ 怖すぎる‼」
「だろ」

青ざめた顔して、こくこく頷き返す。

「卑怯だよ、毒とか」

童話の世界であれば、愛の口づけで治ったりもするが、現実ではそうもいかないことくらいは、知っている。

頭に浮くのは、血を吐いて倒れる自分の姿であり、ぶるぶる頭を振って、その嫌な想像をかき消す。

「わかった。このことは絶対誰にも言わないようするね!」
「それでいい。ひとまず俺を抱えてラビリンスまで飛んでいってくれるか。ここに長居もまずいんだ。言っとくが、前みたいな真似は絶対するなよ」

前みたいな真似?とレトリの首は傾く。

「一度俺を空まで連れてった時に、噛みついたかとか、お前に俺は言ってただろ」

その言葉で理解する。

「ああ、あれのこと」

ポン、と手のひらを打った。

「そうだ」
「そうだとか言われても、でもあれわたしほんとに何もしてないよ? ゴルくんが勝手に──よこしまな考え持ってたんだよ」

「持つか。はっ倒すぞお前」
「そんなことではっ倒さないでよ! 持ってたって! そういう言葉のやつを!」
「……、邪推とでも言いたいのか? 違うけどな!」
「いやいや絶対そうだって。わたしほんとに何もしてないもん」

「いいや、していた」

と、ゴルは意見を曲げようとはしない。
しかし、こうも付け加えてはくる。

「まあ何度行ってもこの反応だ。無意識にとは思うがな」
「無意識?」
「ああ、中にはそんな能力もあるんだ。いいか、それであの時俺はだな──」

ゴルの言ったことを要約すると、お前にあの時、甘ったるい香りを嗅がされて、頭がおかしくなっていた、と。
それであんなふうになっていたのだと。

「そんなムキになって言ってると、余計変に思われちゃうよ? どうしても否定したかったんだろうけど」
「この野郎、腹立つ奴だな。俺はお前のため思ってだな」
「どう聞いたって自分のためじゃん。なんでわたしのため? わかんない♪」

からかう感じに言ったら、予想と違う切り返し方をされる。
ゴルは疲れた顔して、溜息落とし、怒ると思っていたのだが。

「ハァー。もうお前の場合、もう少しはっきり言ってやった方が理解するか……」
「おう、何言うつもり? どんとこいこい、恋の恋バナか?」
「お前それぜっったい語感だけで言ってんだろ……、マジ疲れてくんな」

その後に聞かされたのは、さっきは否定したがと前置きつけて、お前に何しでかすかわからない状態にあったから、危機感を持てだ。

最初は何言ってんだこいつくらいに思っていたのだが。
それが意味するところを理解すると同時に、レトリは思わず下を向く。

(え……、つまりそれ、それって────ッ‼)

顔から火を噴きそうになる。
既に頭の中で迫られており、壁際にまで押しやられて逃げ場はない。

レトリ。と甘い声で名を囁かれて、衝撃が走る。
いや誰ーッ‼、と叫びたくもなるが、自分の頭が浮かべたものだ。文句も言えない。

その後の展開など、これもう言わずもがなというもので、指一本で顎クイされて見つめ合うことにもなり、唇を奪い取られるところまでいく。

(ヤメロ──ッ‼)

主に自分の頭に言った。その中にいる妙に美化されたゴルは、一応現実の方では無実だ。
目が回る。

思わず内でわあわあ声を上げていたことで、その妄想は頭から消えてくれたが、無意識だった。
目の前のゴルを引き剥がすように押す。力加減までは間違えなかったが、現実でも同じことをしてしまっていた。

……、と何も反応してこないのが、怖い。いまの顔を見られたくないと思う。
少しの間、静寂が場を支配した。

「──よくないよ。ゴルくん、そういうのはよくないっ‼」
「ハッ、予想と真逆の反応しやがって。引くんじゃなくて押すのかよ。何考えてやがった」

何か髪に触れられたと思ったら、突然耳を掴まれる。
思わず飛び上がり、あとずさった。顔もガードする。視線を向けるのは、その隙間からだ。

(いまのなに……、いったいなに!?)

わからんすぎて内で叫ぶ。答えて、と。

「アホなことやってないで、早く俺を向こうまで運んでくれ」
「──いや、でも」
「俺を信じろ。二回目だ。もしまた無自覚に発動しても耐えてやるよ」
「ほ、ほんとに平気? いけそう?」
「根性見せんのが男の仕事だろうが。何度も言わすな」

なんと漢らしい発言か。いやもうそれ通り越して謎の感動を覚えるほどではあるが、見た目からしてわかるようにはしろ、とは、どうしても思ってしまう。

そう思う原因、最初は全体の雰囲気とばかり思っていたが、いまは違う。
身に着ける小物がいちいち可愛いのだ。頭のハットが小さいサイズだったり、蝶ネクタイが無地でなく柄物であったりと。

後ろの物はただ、コートの柄に合わせただけなのかもしれないが。
そういうとこだぞ、と言いたくて仕方ない。いちいち言わないが。

「──わかった。信じるからね。ゴルくんも、気を付けて」

もっとドストレートな言葉も頭に浮いていたが、それは喉の奥に押し込んだ。言えたものではない。

レトリは慎重な足取りで、剣をしまい、カバンを拾い上げていたゴルの背後に回り込む。
ドレスを大きく揺らしてはならない。香りが舞えば、大変なことになる。

恐る恐る背中側から抱きついた。
腹を決めるまでの一拍の間を取って、羽ばたき立つ。

懸念していた香りだが、特にしてこず、何事もなく湖の真ん中に浮かぶラビリンスに到着。

「いくぞ、魔導兵士」

ゴルを下ろすと同時だ。光を上げる。
ゴルの場合はどんな感じなのか、気になるが眩しくて、やはり見ていられない。

中で、足、腕、体と、次々機械が装着されていっていた。
軽く動いてもみて、動作も確かめ。不備はなしと思う。

それが終わると光も収まり、別々に持っていた杖とカバンを片手に持ち替える。
空いた手を首の後ろに添えるや、軽くひねっていた。こきり、と音が立つ。

「よし、いくか」

と言った直後、レトリの目には、ゴルの身が少しだけ浮いたように見えた。
目を凝らしてみれば、実際足元が僅かに浮いており、声を上げる。

「うそ、ゴルくん足浮いてるよ!? なにそれ空中浮遊とか、カッコヨー‼」
「今更かよ……。つかそのかっこよってのはなんだ。初めて聞く単語だぞ」
「カッコいいって意味」
「言わんでもわかる。どこの言葉だって言ってんだ。あとお前の想像してるような機能は有してないからな」

「きのうを、ゆうし? それしか浮けないってこと?」
「まあな。まあこれで便利ではあるんだ。見てろ」

ゴルは手に持っているものを傍に置くと、シュィーンと走り出す時の音を出して、今いる上の踊り場から後ろの階段に向かって走る。

なだらかな斜面でも滑り降りるかのように下まで降りていく。
今度は同じようにして、登り返してもきた。

「おぉおっ‼ おおっ‼」

レトリは声を上げ、目を輝かす。
ゴルの目には、尻でふりふり振られる尻尾の幻影まで見えていた。
マジ犬、と思いつつ少し笑う。

「ゴルくんそんなふうに階段上ってたんだ‼ カッコヨォ~‼」
「いやマジでその謎言語やめろ。聞いてるこっちがむず痒くなる」

「いいじゃん、カッコヨ。語感が可愛くてわたしは好きだけど」

「でたよ、女の可愛けりゃいい理論。男はそういうの嫌いだからな」
「そんなこと思ってるのゴルくんだけだって。うちじゃみんな使ってたし」

「ああそうかい。お前といるとペース乱されまくって、飽きねぇよ。あとお前もこっちに荷物を持ってきておけ。あとから来たのに中を漁られるかもしれん」

「中漁られるって──、そんなことやるの絶対男子じゃん。知ってる。服投げて遊んだりするし、やめろって言っても喜ぶだけだし。はぁ」

「そんな用途でやる奴はいないと思うが、嫌だろ」
「うん、ちょっと待ってて。すぐ取ってくる」

さっと行ってきて、二人でラビリンスの入り口横に荷物を固めて置く。
入っていく。
見覚えのある松明のかかった長い通路が見え、中の様相は、前回のものと同じに映る。

「一階は即効抜ける。ザコばっかだからな。ほれ走れ犬。好きだろ」

すっと前に行ったゴルが、後ろに半身を向けつつそう言ってレトリを手招きし、煽る。

「確かにわたしは犬好きだけど」

全部言い終える前にゴルはもう背中を向けてきていた。
そのまま速度を上げ、一人行ってしまう。

「もう、待ってって!」

仕方なく追いかけることになり、追いつくのも早い。並走しながら言った。

「聞けよ。わたしは犬じゃないからね。自己紹介する時に名前の元はとか、目がぽいみたいには言ったけども」
「喜んで尻尾振ってついて来てんじゃねぇか」
「そんなのないよ。見たらわかるじゃん」
「ならその尻で振り回してるのはなんだ。言ってみろ」

まさかと思い、触った瞬間、嵌められたことをレトリは察す。
お尻の方に向けていた目を、ばっとゴルの方に戻すと、逆を向いており、顔を隠してはいたが、隠し切れない抑えた笑いが、口からもれていた。

ハァー、と大きな溜息で返す。

「そういう茶化し方、男子ってほんと好きだよね。よくないよ。ていうか思い出した。そういうこともうわたしに言わないって、次からは気を付けようとかゴルくん言ってなかった」

「ハッ、どうでもよすぎて忘れてたな」
「何それ。ひっど」
「まあ前に俺をからかってくれた礼だ。ツリは要らねぇからな」

何の話かと思った次の瞬間には、思い当たることが頭に浮く。
あ……、と思わず口からもれた。

「あれね」

しかしあれは、散々その前にボロカス言ってくれたからだ、という気持ちが強く、その更にお返しとなると心情的には受け入れがたい。どうしても、モヤっとはくる。

「あれはゴルくんが──、けっこう根に持つタイプ?」
「まあな。一生忘れないタイプだ」
「うぐっ」

自身にも非があるとは感じており、そうなるともうこれ以上このことを責めるのも難しい。
ただ、横からニタニタした顔で見られていると、腹も立つが。

このやろうと思い、噛んだハンカチをキーッと思い切り引っ張りたい気持ちで睨み返していると、ゴルの目が前方へと動く。

ほどなく、先に黒い物体が映り込んだ。動いてもいる。

モンスターだということは即座にわかったが、思っていたより随分小さい。
一見は、真っ黒な姿をした小人。
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