クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
 シップに乗り込むとそれぞれが慌ただしく出発前の準備をする。高月キャプテンが機体の周囲を回る外部点検をしている間、私はコックピット内での点検を済ませ、本日のフライト情報をコンピューターに入力した。

 高月キャプテンが戻って来ると、コックピット内の空気の密度が一気に増したような気がした。
 制服のジャケットを脱ぎ、パリッとしたワイシャツ姿で左席に座った高月キャプテンは、手慣れた動作で指先の出た白いパイロットグローブを装着し、計器盤のスイッチを確認していく。

 最新鋭のB787は、以前乗っていた737に比べてコックピットが広い。それなのに、右席に座る私はすぐそばに彼の気配を感じて、何だか落ち着かない。席の間にはエンジンの出力を操るスラストレバーや翼の形を変えるフラップレバーが整然と並ぶ中央コンソールがあり、物理的な距離は確かに保たれているはずだ。けれど、高月キャプテンが中央コンソールのCCD(カーソル・コントロール・デバイス)に手を置き、マウスを操作するようにカチカチと入力画面を切り替えるたびに、その肘の動きや袖の擦れる音が妙に近くに感じられた。

 ふっと小さく息を吐くと、「福岡のガスト、少し落ち着いたようだな」と、左から低い声がした。
 不意に声をかけられ、心臓が跳ね上がったが、動揺を見せないように慌てて手元のタブレットに視線を落とした。

「そ、そうですね。ですが、相変わらず大分上空の予報は悪いままです」

 冷静に答えたつもりだったが、自分の声が少し上擦った気がして、背中が熱くなる。

「緊張しているのか? 確かに40ノットの横風は気が重いよな。でも、大丈夫だ。無理なら潔くダイバードの判断をする。俺は無茶な着陸はしないし、させない主義なんだ」

 ふっと口角を上げた高月キャプテンを見て、厳しいだけの人かと思った印象が少し和らいだ。

「ありがとうございます。頼りにしています」

 高月キャプテンは私に向かって頷くと、ヘッドセットを付け、流れるような動作でオーバーヘッドパネルのスイッチをいくつか切り替えた。

「チェックリスト。ビフォア・スタート(エンジン始動前点検)」

 そう言われて、私は手元のチェックリストを呼び出し、一つひとつの項目を読み上げていく。高月キャプテンとのコールアンドレスポンス(確認の応答)を繰り替えしながら、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
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