クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
「エンジンスタート、ナンバーツー(第二エンジン始動)」
ヘッドセット越しに高月キャプテンの落ち着いた声が響く。その声はやはり五年前のあの副操縦士の声に似ていた。
私は右側の第二エンジン始動のスイッチを入れた。さらに高月キャプテンの指示に従い、翼の形を離陸用に変えるため、フラップレバーを『5』のポジションへ動かす。ウィィンという油圧の作動音とともに、翼の形状が変わっていく。
機体がゆっくりと東京湾に浮かぶⅮ滑走路に向けて動き出す。
着陸と違い、離陸はやり直しがきかないからいつも緊張する。
滑走路前で止まると、タワー(飛行場管制)と交信する。
『SKC111、ランウェイ05。クリアド・フォー・テイクオフ』
ヘッドセットに管制官の落ち着いた声が流れた。
私は管制官の言葉を復唱し、高月キャプテンに報告する。
「離陸許可確認しました。ランウェイ05」
「了解。テイクオフ」
高月キャプテンが中央のスラストレバーを力強く前へ押し込んだ。
グォォォという重低音が響き、背中が深くシートに押し付けられる。200トンを超える巨体が弾かれたように加速を始めた。
「スラスト・セット」
キャプテンの鋭い声が響く。
エンジンの出力が正常に上がっていることを確認し、声を上げる。
「N1チェック。80(エイティ)ノット」
時速約150キロ。計器盤の数字が猛烈な勢いでカウントアップしていく。
窓の外は凄まじい速さで景色が流れていく。
「V1」
離陸を決断する速度。これを越えたら、たとえエンジンが停止する事態になっても飛び立たなければならない。
「ローテート(機首上げ)」
私のコールと同時に、高月キャプテンがゆっくりと操縦桿を引く。
787の長い翼が空気を掴み、大きくしなった。そして機体がふわりと浮上し、西の空へと舞い上がる。機体がぐんぐん上昇し、東京の街がジオラマのように小さくなっていく。やがて安定した上昇に入ると、オートパイロットに切り替え、緊張の息を胸奥から吐き出した。
ここからはパイロットの仕事は空の監視になる。各種モニターを見ながら雲や、風の状態、他の飛行機の様子をチェックする。
ベルト着用サインも消灯し、キャビンでは慌ただしくサービスが始まっている頃だ。