クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
 羽田空港を定刻通りに離陸し、巡航高度に達する。
「ベルトサイン、消灯」
 隼人さんが頭上のスイッチを操作すると、ポーンという澄んだ音がコックピットに響いた。

「了解。客室へ連絡します」
 私は冷静な声でそう口にし、インターホンでチーフパーサーに連絡した。
 左隣に座る隼人さんは鋭い眼差しで気象レーダーを監視し、無駄のない動きでスイッチを操作していた。そのプロフェッショナルな姿に圧倒されながらも、彼から逃げ出した罪悪感でいっぱいだった。

「……元気だったか?」
 不意にヘッドセットのインカムから、低く優しい声が流れて、仕事中なのに一瞬で涙ぐみそうになる。一方的に契約恋人を辞めたいと言った勝手な私のことを怒るどころか、心配してくれているとは思わなかった。
「……はい。隼人さんは?」
 高月キャプテンと呼ばなければいけないのに、思わず下の名前で呼んでしまった。
「あまり元気じゃなかったな」
 隼人さんは正面の計器を見つめたまま、自嘲気味に微笑んだ。
「だが、お前が俺の所を去った理由は見当がついている。綾音だろ? あいつがお前を脅迫したんだろう?」
 思いがけない指摘に眉が上がった。動揺で指先が強張る。
「瑞希、正直に話してくれ。じゃないと俺はお前を守れない」
「……違います。本当に好きな人が出来たから契約恋人を辞めたんです」
 隼人さんに無理をさせたくなくて、また私は嘘をついた。
「頑固な奴だな」
「本当のことです」
「じゃあ、その好きな奴って、『幻の彼』のことか?」
 幻の彼という言葉に心臓が飛び上がる。
 どうして隼人さんが知っているんだろう?
「なぎさから聞いたんですか?」
 思いたある人物は彼女しかいない。
「ああ、瑞希が酔うといつも熱っぽく話していたと言っていたよ。うちの会社の副操縦士なんだろう?」
 幸い隼人さんは自分のことだとは気づいていないようだ。だったらその話を利用した方がいい。
「そうですよ。『幻の彼』が私の好きな人です」
 嘘ではないから、自信を持って口に出来た。
 隼人さんが口の端を上げて、フッと笑う。
「……それって、つまり俺が好きってことだろう?」
 カアッと全身が火に焼かれたように熱くなった。
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