クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
 ふっと息をつき、窓の外を見れば、B787が離陸し、夜空に舞い上がる。飛行機は向かい風がなければ空を飛べない。
 風が強ければ強いほど、その翼は大きな揚力を得て、より高く上昇できる。私も、この逆風を、困難を乗り越える力に変えてみせる。

 奥歯を噛みしめ、真っすぐにキャプテンを見た。
「……わかりました。お引き受けします」
「賢明な判断だ。契約書は帰国してから用意しよう。報酬は今払う」

 キャプテンがスマホを取り出し、私の銀行の口座番号を聞くと目の前で、支払いの手続きをした。私のスマホに入金の通知が届く。三百万円増えた口座残高を見て、もう逃げ出せないと思った。

「これで南雲は、いや、瑞希は俺の恋人だ」

 不意に名前を呼ばれて、オレンジジュースに激しく咽た。

「大丈夫か?」
「キャプテンがいきなり名前を呼ぶから」
「キャプテンじゃない。隼人だ。勤務時間外は隼人と呼べ。ほら、呼んでみろ」

 名前呼びだなんて、いきなりハードルが高すぎる。

「呼ばなきゃダメですか?」
「ああ。今練習しておかないと、ホテルで誰に会うかわからないからな」
「もう恋人のふり始まっているんですか!」
「瑞希が報酬を受け取った時点で始まっている」
「そんなの聞いてませんよ」
「今言った。ほら、隼人って呼んでみろ」
 頬杖をついた高月キャプテンが試すような視線を向けてくる。
 私は深呼吸をし、震える声で口にした。
「……は、隼人さん」
「今、何か言ったか? 蚊の鳴くような声で呼ばれても反応できないんだが」
 勇気を出して呼んだのに、カウントしてくれないなんて意地悪だ。
「ほら、ちゃんと呼べ」
 意地悪く微笑んだ高月キャプテン……隼人さんが私を見る。
 私はもう一度、深呼吸をすると、思い切って呼んだ。

「隼人さん!」
 店内に私の大声が響き、周囲の客が私たちに視線を向けるのを感じて、声のボリュームを間違えたことに気づく。
 隼人さんも私の大声に眉を上げていた。

「あの……聞えましたか?」
 おどおどと隼人さんを見ると、クスッと隼人さんが笑った。
「よく聞こえた」
 どこか満足げな笑みを浮かべる隼人さんが、すごく優しい表情をしていて、またドキリと鼓動が大きく脈打った。意地悪だと思ったら優しい顔をするから卑怯だ。
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