クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
「あの……」

 意を決して口を開きかけたが、直後にぶつかった彼の氷のような眼差しに言葉を呑み込んだ。ひとかけらの笑みもない、厳しい双眸は仕事以外の話は慎めと訴えかけてくるようだった。

 三十三歳で最年少機長になった実力の持ち主なのだ。誰よりも仕事にストイックなのかもしれない。

「いえ、何でもないです。本日の福岡空港の予報は風速25ノット、ガスト(最大瞬間風速)は40ノットに達すると出ています」

 私は逃げるようにモニターに視線を戻し、マウスを操作して気象チャートを表示させた。

「メイストーム(春の嵐)か」

 厳しい表情を浮かべたまま高月キャプテンがモニターを覗き込む。
 鼻筋の通った端整な横顔をちらりと見ながら、心の中で尋ねた。

 ねえ、あなたなんですか? あなたが私を声で救ってくれた副操縦士なんですか?

「南雲、聞いているか?」

 彼に問われてハッとした。
 意識が完全にフライトから離れていた。こんなこと今までなかった。

「すみません。もう一度お願いします」

 私は全身に冷や汗をかきながら頭を下げた。

「大事なブリーフィング中に何を考えていた?」
「すみません」

 彼の落胆したようなため息が聞こえ、胃がキュッと締め付けられる。副操縦士として彼にこれ以上、失望されたくない。

「本当にすみませんでした」
「今回だけだからな」

 そう言って彼はもう一度フライトプランの確認を始める。鼓膜に響く低い声を聞きながら、五年前の記憶に意識が飛びそうになるのを何とかつなぎとめた。
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