激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
 瞳を揺らしていると、月舘先生ははっきり口にした。
「俺は君に一目置いてる」
 きっぱりとそう言い放った言葉に、思わず目を彼に向けた。
 月舘先生はまっすぐに私を見ている。
 この場しのぎじゃないことは、その双眼から伝わってきた。
「毎日どうやって人と向き合っているか、どう仕事と向き合っているか。俺にとっては肩書よりもそっちが優先事項で、誰を信頼するかは俺の自由だ。大体リスペクトもしていない相手に、ここまで世話を焼くわけがないだろ」
 眉間に軽く皺を寄せながら言われたものの、端的に捉えるなら月舘先生は私の仕事ぶりを認めてくれているという話だ。そんなの、うれしくなるに決まっている。
 まして、普段厳しい月舘先生からの言葉なら余計に。
「で、そんな君も、あのストーカー男の対応に限界を感じ始め、深刻な状況だ。現状、自宅よりもここのほうが安全だが、SNSまで割りだして接触してくるやつだ。そのうち、ここにも乗り込んでくる可能性もゼロじゃないだろ」
「えっ……そ、そうですよね」
 なにをしてくるのか見当もつかない相手なだけに、なくはない話だ。
 そうなれば、月舘先生にさらに迷惑をかけることになる。
 やっぱり匿ってもらうのを遠慮したほうが賢明だと思ったときに、彼が言う。
「……そうだ。そのとき、すでに結婚しているとわかればあきらめもついて、穏便にすむかもしれないよな」
 月舘先生の言葉に、ぎょっとする。
 そこまで追いつめられることまで考えたくもないけれど、絶対にないと言いきれない不気味さが皆藤さんにはある。
 偽装結婚っていうやつになるのかわかんないけど、それも相当なお願いだ。でも、心の安寧と月舘先生との結婚とを天秤にかけたとき、『結婚はありえない』と即断できない自分がいるのも事実だった。
「今の段階で結婚はあくまで可能性の話として聞いてくれたらいい」
 選択を迫られ、まだ混乱しているところに月舘先生から片手をスッと差し出される。
「あの男にひとりで怯えなくてすむように、俺が婚約者として、夫として、君を守ると約束する」
 私はその手から、ゆっくりと目線を上げていく。
 今の状況は一時避難だ。それでも十分助かる。そう思って感謝していた。
 だけど、はっきりと『守る』と言ってもらえて、こんなにも安堵して心が緩むとは。精神的に救われていると実感する。
 私はそんなにも追いつめられていたのかって、改めて気がついた。
 特別気になる相手もいないし、恋人がほしいと思う暇すらない。いつか結婚するかもしれないけれど、しないかもしれない。
 そんな不確定の未来のことよりも、今の私にとっては皆藤さんから逃れることが一番なのは否めない。結婚の一度や二度、大したことじゃないんじゃないかって思ってしまうくらいに。
 だって、今なにか私が事件に巻き込まれたら、『未来』はこないんだから。
 相手は月舘先生なのだから、俗な心配もなさそうというのが大きい。同じ職場で働く、淡白で理知的なドクターだもの。そんな彼がなにかするだなんて、あり得ない。
 それに、『あくまで可能性の話』なら――。
 私は、そろりと月舘先生の手を受け入れる。
 無言で、けれどもしっかり視線を交錯させて交わした握手は、この先を一緒に乗り越えていく同志との誓いのようだった。
 彼は勝気な笑みを浮かべる。
「お互いの問題が解決できる――WINWINだな」
 手を離す直前、ふと疑問が浮かび、ぽつりとこぼす。
「けどもし、私に恋人がいたらどうしてたんですか? ほかの女性にこんな話を持ちかけたら、絶対ドン引きでしたよ……」
 今回の件はさすがに驚きすぎて、思わず失言を漏らしてしまった。
 すると、月舘先生は涼しい顔で答える。
「君に恋人はいないと確信があったからな。だって、恋人がいるなら初めからストーカーまがいの件も、すでにそっちに頼ってどうにかしてただろ」
「なるほど……ごもっともです」
 月舘先生はやっぱり察しのいい人だった。
 そんな彼が私で大丈夫と判断したなら、それを信じるしかない。
「婚約者のふり……私なりに尽力します」

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